溺愛音感
餌付けされて一週間。
体重計がないので、どれくらい増えたかはわからないけれど、髪の毛の先まで栄養が行き届いている感じがする。
俺様王子様との同居生活は、驚くほど快適で心地よかった。
毎日栄養のバランスが取れた食事が用意され、洗われ、ブラッシングされ……大事にされていると実感する日々だ。
これまでの人生で、こんなに世話をされたことはない。
ヴァイオリンの腕は一級品でも、まるで生活力のない父との暮らしは、「子ども」であることをわたしに許さなかった。
元婚約者である和樹といた時も、「榊 絆杏」というひとりの女性ではなく、彼が作り上げたプロのヴァイオリニスト「Hanna」でいなくてはならなかった。
けれどいまは、わたしから頼り、縋り、甘えるまでもなく、手厚くお世話されている。
過保護な俺様は、「ペットの安全を守るのは、飼い主の責任だ!」と言って、近所のコンビニへ買い物に行くのにすら、付いて来る。
ちょっと窮屈ではあるが、「束縛」ではなく「心配」だと思えば邪険にもできない。
しかし。
美湖ちゃんお誘いの飲み会に行くのを許可制にするのは、「心配」ではない気がする。
「ただし、俺が一緒なら、どこへでも行っていいぞ」
(どこへでもって……)
「遠くてもいいの?」
「株主総会が終わったら、多少仕事も余裕ができる。バカンスとまではいかないが、長期で出かけることも可能だ。ハナが行きたい場所に、連れて行ってやる」
口先だけ、と思う気持ちが半分。
マキくんなら、叶えてしまうだろうと思う気持ちが半分だ。
「うん。どこか行きたい場所ができたら、言うね」
日本らしさを楽しめる古都や温泉なんて、いいかもしれない。
本当に行けるとは信じてはいないけれど。
夢見るわけではないけれど。
想像するだけなら、大丈夫。
インターネットでしか知らない名所を思い浮かべているうちに、マンションに到着。
鯵の南蛮漬け、ほうれん草のおひたし、卵豆腐、かぶの浅漬け、アサリのお吸い物……美味しい晩ごはんを堪能した後は、「本日の一曲」の時間だ。
「今夜は、何を弾くつもりだ? ハナ」
「なんとなく……ドヴォルザーク……ロマンティックな小品集……CAVATINA……カヴァティーナ、かな」
「いいだろう」
多才な俺様王子様は、顔色ひとつ変えずピアノへ向かい、「いつでもどうぞ」と言うように頷いた。