溺愛音感
ハナ、デートする①
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ホテル、安アパート、他人の家。
目まぐるしく変わる住環境が普通だったから、どこでも、必要な時に必要なだけ眠れるのは、わたしの特技の一つだ。
眠っている間も、警戒を怠ってはいけない状況も多々あったから、朝まで一度も目が覚めないことのほうが珍しい。
けれど、キングサイズ、ほどよくスプリングの効いたベッドの寝心地は最高で、俺様に抱き枕にされても熟睡してしまう。
「ハナ! 起きろ!」
「んぁ……?」
ぐらぐらと揺さぶられ、ゴロゴロと転がされ、仕方なく目を開ける。
「起きたか?」
(ここは……天国?)
この世のものとは思えぬ美しい笑みを目にしてうっとりするも、すぐさま瞼が下がる。
昨夜、お風呂での拷問の後、「音楽室」で夜遅くまでCDを聴き漁っていたため、猛烈に眠かった。
「ハナ! 起きろと言ってるだろう?」
髪を撫でられ、額にキスを落とされ、優しく抱き起こされる。
「散歩に行くぞ!」
「ん?」
「どこか行きたいところはあるか?」
「行きたいところ……」
半分寝ぼけた頭に浮かんだのは、昨夜美湖ちゃんから貰ったチラシ。
「美湖ちゃんの路上演奏」
「そうだな。俺もどんな演奏をするのか興味があるし、確かめたいこともある。よし、準備するぞ!」
「……準備?」
シャワーを浴びて、着替えればいいだけなのにと思ったら、睨まれる。
「散歩だと言っただろう?」
「う、うん……?」
「普通は、おしゃれをして挑むものだ!」
「…………」
散歩とは、普段着でその辺を歩くものでは? と思ったが、日々のコーディネートはおまかせだ。
本日も、お風呂でわたしを丁寧に洗い、毛並みを整えたマキくんは、ウォークインクローゼットにずらりと並ぶ服の中から、レモンイエローのワンピースを取り出した。
「今日は快晴だし、これがいいだろう」
ギャザーがたっぷり入ったガーリッシュな一枚。
「……派手」
貧しい生活では、汚れが目立つようなカラフルな服はNGだったし、プロとしてステージに立つ時には大人っぽく見えるよう、ダークカラーのドレスばかり着ていた。
パステルカラーには挑戦したことがない。
「シンプルなデザインだから大丈夫だ」
マキくんは、甘い雰囲気のワンピースに、オフホワイトのメンズライクなジャケットを合わせてちょっとした辛さをプラスする。
髪は、ハーフアップにしてくれた。
何がどうなっているのか自分ではわからないけれど、ゆるふわでいい感じだ。
「手触りは半減するが、バランスは重要だ」
「マキくんて、何でもできるんだね?」
(いままでお付き合いをしていた元カノにもこういうことをしていたのかも……?)
なんとなくモヤモヤしたものを感じながら訊ねると、予想外の答えが返って来た。
「妹がいるからな」
「……いもうとっ!?」
初耳の情報に、思わず食いついてしまった。
「キャンキャンとよく吠える、落ち着きのないヤツで……そうだな。チワワに似ている」
「ち、チワワ……」
わたしの持つチワワのイメージは、小さくてかわいいセレブがよく連れている犬だ。
マキくんに似て、童顔なのかもしれないと思ったら……。
「写真がある」と言ってマキくんが目の前に差し出したスマホには、前髪を一つに結んで大泣きしている幼児の姿が。
「ぶっ」