溺愛音感


「まだあるぞ」


マキくんは、わたしの背後から覗き込むようにして、画面をスライドさせる。


「泥団子を勧められて、断ったらぶつけられた」


そう言いながら、マキくんが次に見せてくれたのは、泥だらけの姿で大きな泥団子をこちらに差し出し、ドヤ顔をする女の子。


「ぶふっ……かわいい。妹さんとは、年が離れてるんだね?」

「いや。五歳下なだけだ」

「……は?」


どう見ても、写真の女児は三、四歳だ。

驚くわたしに、マキくんは「こっちが現在の姿だ」と言って、スーツ姿の男性を見上げる女性の写真を見せてくれた。

被写体の女性は、横顔からも相当な美人だとわかる。
さすが俺様王子様の妹だ。


「モデルさんか女優さんみたい」

「まあ、凹凸に欠ける身体ではあるな」

「そうじゃなくてっ! マキくんに似て、美人だってこと! 一緒に写ってる男の人もカッコイイね?」


黒髪に切れ長の目をした男性は、凛々しく和風な顔立ちだ。

たっぷりとした包容力と保護欲の持ち主であることは、優しい表情でマキくんの妹さんを見つめている姿からもわかる。

そして、妹さんもそんな彼のことが大好きなのだろう。
見上げる表情は柔らかく、ほんのり紅潮した頬がかわいらしい。

目には見えない親密な空気までをも写し取った一枚は、ふたりが単なる知人や友人ではないことを示していた。


「恋人同士なの?」

「蓮は、妹の元旦那で、未来の旦那だ」

(元で、未来? イマイチ理解できないんだけど……)

「ええと……結婚、してるってこと?」

「ふたりは一度結婚して、離婚してる。だが、近々もう一度結婚するだろう。面倒と心配ばかりかける妹だが、ようやく幸せになってくれそうだ」


何やら複雑な事情がありそうだが、スマホを見下ろすマキくんの表情は嬉しそうだ。


「妹さんの名前は?」

「椿」

「働いてるの?」

「いまは定職についていないが、プロのバリスタだ」

「すごーい! マキくんが料理上手なのは、もしかして家系?」

「いや。母親の教育方針だ」

「お母さんの?」

「キャベツの千切りもできない男は、セックスが下手だと思われると言われた」

「…………」

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