溺愛音感


「お忙しい中、お越しいただきありがとうございますっ! 社長っ! 社長に来ていただけるなんて、嬉しいですっ! 社長っ!」

「いかがわしい店の呼び込みじゃあるまいし、社長を連呼するのはやめろっ!」


本気モードで怒るマキくんに、美湖ちゃんは首を竦める。


「すみません。でも、なんてお呼びすれば? 社長?」

「だからっ………とりあえず、柾でいい」

「柾さん。明るい場所で見ると、いっそうイケメンぶりが際立ちますね?」

「お世辞はいい」

「お世辞じゃなくて、本音ですよぉ。今日のハナさん、すっごくかわいいですね! これまでと服の趣味がまったくちがうのは、俺色に染まれ的な柾さんの影響ですかぁ? 独占欲丸出しなんて、クールなフリして、実はツンデレですね。柾さん」

「おまえ……」

「二人とも童顔で、とってもお似合いですよ!」

「童顔は関係ないっ!」


美湖ちゃんの止まらないおしゃべりに、俺様王子様もタジタジだ。


「おい、美湖っ! 油売ってないで手伝えよっ! ちょっといま、ヤバイことになってて……」


まだ準備が整っていないのか、演奏の準備をしていた男性が美湖ちゃんを呼びに来た。


「あ、ヨシヤ! こちら、柾さん――『KOKONOE』の社長と婚約者のハナさんよ。あんたも挨拶して!」


いつの間に婚約者になったのか。


(一応、訂正した方がいいのでは……)


傍らのマキくんの様子を窺おうとしたら、美湖ちゃんの背後から現れたガタイのいい青年が「あーっ!」と声を上げた。


「パガニーニ!」

「は? パガニーニなわけないでしょ。バカヨシヤ。今はいったい西暦何年だと思ってるのよ。第一、ハナさんは女性よ」


美湖ちゃんの冷たいツッコミも意に介さず、バカヨシヤは前のめりにわたしに詰め寄った。


「おまえ、ヴィヴァルディくらい弾けるよなっ!?」


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