溺愛音感


優しい声で呼ばれ、茫然としたまま振り仰ぐ。
見上げた先には、美しい笑みを浮かべた俺様王子様がいる。


「弾け」

「え」

「大事な友だちを見捨てるのか? ハナしか、弾けないのに」


トン、と背中を押され、よろめいて一歩前へ出る。



『Suona, alla Hanna』



アンバーの瞳に射貫かれて、ドクンと心臓が大きくひと跳ねした。


「やってくれるんだなっ!?」


すでに、演奏を聴かれているバカヨシヤに、「弾けない」という言い訳は通用しないだろう。

長い間、大勢の人の前で演奏していない。

怖い。


(でも……いま弾かなければ後悔する)


一生懸命な美湖ちゃんの力になりたい気持ちが、勝った。

後退りしそうになる足を踏ん張って、まずは肝心なことを確かめる。


「……ヴァイオリン、あるの?」


「見物人の中に、ヴァイオリンを持っている人がいた。土下座してでも貸してもらう」


バカヨシヤは、すでに集まっている見物人の中、赤いヴァイオリンケースを抱く女性を目で示した。


「ハナさんっ!」


慌てて引き止めようとする美湖ちゃんを振り返り、深々と頭を下げた。


「美湖ちゃん。嘘吐いてて、ごめんなさい。ヴァイオリン、習ったことはないけど弾けるの」

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