溺愛音感
***
いまから遡ること二時間ちょっと前。
わたしとマキくんは、反省会という名の打ち上げに巻き込まれていた。
「だーかーらーっ! なんで女は顔ばっか見るんだよ?」
「男だって、同じじゃないのっ! 顔かカラダしか見ないわよね?」
「それは本能だ! 無意識だ!」
「バカヨシヤ! 本能のままに生きてるのはあんただけよっ! 大事なのは、性格よっ! ねえ? ハナさん。」
「う、うん……?」
(よ、酔っ払いだ……これが、噂に聞く酔っ払いの絡み酒……)
ソロを披露するはずだったコンマスがぎっくり腰になるというハプニングはあったものの、大成功のうちに路上演奏は終了。
N市民交響楽団のメンバーは、あらかじめ予定していたらしい居酒屋での打ち上げに繰り出した。
そこに、わたしたちまで参加することになったのは、偶然にして必然。
熱心に誘う美湖ちゃんとバカヨシヤへの返答に詰まるわたしに代わって、マキくんが「行く」と承諾してしまったせいだ。
飲んでいるのはウーロンハイ、食べているのは冷凍えだまめ。
庶民と同じものを食してもどこか高級食材に見える俺様王子様は、こういった飲み会にも慣れているのか、動じない。
それどころか、真顔で際どい発言をする。
「どちらの意見にも同意しかねるな。大事なのは、相性だろう?」
(し、下ネタだ……これが、酔っ払いの下ネタ……)
顔色は普段と変わらないマキくんだが、家ではもっぱらワイン派。
安いウーロンハイで悪酔いしたのかもしれない。
「そ、そりゃ相性は大事だけどな……」
バカヨシヤは顔を赤らめ、つわものの美湖ちゃんはおしぼりでバシバシとマキくんの手を叩く。
「やだぁ、柾さん。イケメンで下ネタ好きなんて、ギャップ萌えっ!」
「おいっ! 勝手な妄想を繰り広げるなっ! そういう意味じゃないっ!」
「いや、結婚するなら大事なことだ! 御曹司も俺たちと一緒のフツーの男だってわかって、むしろほっとした。ロリコンを隠そうとしないところも気に入ったぞ!」
バカヨシヤのフォローになっていないフォローに、マキくんは激昂する。
「ロリコンじゃない! おまえと一緒にするなっ! だいたい、年下のくせに偉そうに説教するなど……」
「は? 年下? 冗談よせよ。おま、せいぜい二十半ばだろ? いや、まぁ、その年でしゃっちょーなんてしててすげぇなって思うけど、まだまだ青二才だ」
「誰が二十半ばだっ! 俺は三十五だっ!」
鼻で笑うバカヨシヤにブチ切れたマキくんの叫びを聞いて、その場にいたわたし以外の全員が驚きに固まった。
「「「「……えぇっ!?」」」」」