溺愛音感
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「……いまに至る、というわけよ」
「マジか……」
美湖ちゃんの説明を聞いたバカヨシヤは、頭を抱えてカウンターに突っ伏した。
そんな彼に、俺様王子様は大人気なく警告する。
「今回は、そこの賑やかな小娘の友情に免じて、特別にハナをタダで貸し出してやったが……今後は、馴れ馴れしくするなよ? バカヨシヤ」
「ああ、それはわか……ってか、俺の名前はバカヨシヤじゃねぇっ! ヨシヤだ!」
「もう、やめなってばっ! ごめんなさい、柾さん。どうか、このバカのせいで寄附を打ち切るとかはナシでお願いしますっ」
頭を下げる美湖ちゃんに、マキくんはむっとして「そんなケチくさい真似はしない」と断言した。
「文化系への寄附の場合、金は出しても口は出さない主義だが……現状を聞かせてもらおうか」
「現状、ですか?」
「ひと言で言えば、赤字だ。収入より支出が多い。借り入れもできない。普通の企業なら、倒産してる」
きょとんとする美湖ちゃんに代わって、バカヨシヤことヨシヤが内情を説明した。
「プロじゃないから、公的な援助を受けるのも難しい。練習会場はコミュニティセンターで安く借りられているけど、コンサートホールをリハ含めて数回借りるとなると、それだけで大赤字だ」
「寄附は?」
「雀の涙程度。クラウドファンディングにしても、知名度が低いから、なかなか効果は出ない。名の売れている指揮者やソリストを招こうにも、謝礼が高額で踏み切れないし。今回、路上演奏することになったのは、SNSで演奏動画を拡散してみようと思ったからだよ。どれほど効果があるかは、まったくわからないけど」
「何もやらないよりは、マシだって皆の意見が一致したでしょ?」
「まあな。今日の演奏なら……ひょっとしたら、バズるかもしれないけど。あーあ、運営資金に頭を悩ませるのは、自分の店だけで十分だってのに……」
ウィスキーのソーダ割を飲むヨシヤの呟きに、マキくんが突っ込む。
「店? 自営なのか?」
「ああ。先祖代々、繁華街でやってる八百屋の跡取りなんだよ、俺。スーパーとかコンビニに押されてるけど、仕入れる野菜にこだわったり、配達サービスしたりといろいろ工夫して何とか生き残ろうと必死なわけ。あ、おまえも野菜買うなら、うちから買ってくれよ? ハナ」
「見繕って配達してもらえるなら、その方が便利だな。一度仕入れている品物を確かめたい」
料理人であるマキくんの要望に、ヨシヤは名刺入れから野菜がプリントされたポップな名刺を取り出して、差し出した。
「かあちゃんが店番してるから、いつでも寄ってくれ」
「近々、ハナと顔を出そう」
「よろしく頼むよ、アニキ!」
買い物は、もっぱらスーパーかコンビニでしていたので、日本の八百屋さんにはまだ行ったことがない。
どんな感じなのか興味がある。