溺愛音感
「それにしても、ハナさん。あんなに弾けるのに黙ってるなんて、水くさいじゃないですかぁっ! コンミスお願いしたいくらいですっ!」
今度は、バカヨシヤに代わって美湖ちゃんが叫んだ。
「ご、ごめん……その、誤解を解くにも、なかなか言い出し難くて……ごめんなさい」
彼女に嘘を吐いていたのは事実なので、平謝りするしかない。
「もー、別に怒ってませんから、謝らなくっていいですってば! でも、習ったことないって言ってましたけど、独学なんですか?」
「え、ううん。亡くなった父がヴァイオリンを弾いていて、それで……」
「つまり、音大とかには、行ってない?」
「うん。父以外の人にも教わったことがない」
「だとすると、ハナさんのお父さんって、すっごいヴァイオリニストだったんですね!」
「それは……どうかな。コンサートとかでソロをやるようなことはなかったし、大手レーベルからも声はかからなかったし……」
「だから下手だとか、音楽性がないってことにはならないじゃないですか! わたし、ハナさんのヴァイオリン、すごく好きです。聞いていて……なんだか、ワクワクしました!」
美湖ちゃんのストレートな賞賛は、照れくさいけれど嬉しかった。
「……ありがとう、美湖ちゃん」
「というわけで、うちのオケに入りましょう! ハナさん」
「は?」
「三輪さん、ぎっくり腰だし。できればソロ、できればコンミスやってほしいんですけど、そこまでの贅沢は言いません。ぜひ練習、見に来てください! 会場とか時間とか、送ります。スマホ貸してください。はい、これでよし、と……」
美湖ちゃんに勢いに押されるままスマホを手渡すと、あっという間にアカウントやメアドを交換され、まずは「よろしく~」とあいさつするスタンプが送られてきた。
続けて、オケの練習時間や練習場所の地図などが次々と届く。
通常練習は、毎週水曜日の午後七時から二時間。
それとは別に、各パートごとの練習、全体での追加練習などが加わることがある。
定期演奏会前には、週二、三回練習することもあるという。
社会人の場合、仕事と両立するのが難しいというのも十分理解できる。