溺愛音感
「マキくん……そろそろ、下ろしてほしいんだけど」
「こうしていても、何の問題もない」
「ひ、ひとがいるのに、恥ずかしいよ」
「マスターしかいない」
「だから、マスターいるよねっ!?」
「空気だと思え」
(そんな無茶な!)
カウンターの向こうで、マスターは苦笑いしている。
「マスター。『ホット・バタード・ラム・カウ』を二つ」
「かしこまりました」
マキくんが頼んでくれたのは、ラム酒とミルクにバターの塩気とはちみつの甘味、スパイスのアクセントが美味しいホットカクテルだ。
耐熱グラスを両手で持ち、少しずつ飲めば、強張っていた身体が緩む。
「美味しい……」
「寝る前に飲むのがオススメ。ラム酒さえあれば、あとは家にある材料で簡単に作れるよ。気に入ったなら、柾くんにリクエストしてね? レシピはすでに伝授してあるから。それにしても……ハナちゃん、ちょっとふっくらしたんじゃない? 柾くんの美味しい料理のおかげかな?」
「はい。マキくんが作ってくれる料理はどれも美味しいです」
「そう。色艶もいいし、ちゃんとお世話されてるんだねぇ」
「う、あ、はぁ……まぁ……」
ホット・バタード・ラム・カウの優しい味。
マスターとマキくんの耳に心地よい声。
スピーカーから流れる懐かしく、穏やかなピアノの音。
そして、背中に感じるぬくもりが、寄り掛かっていいのだと言っている。