溺愛音感
ハナ、風邪をひく
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美湖ちゃんたちの路上演奏を聴いてから、三日。
朝夕のサンプル/ティッシュ配り、オフィスビルの清掃、レセプショニスト、店舗清掃、棚下ろし……アルバイトに明け暮れる日々を送っていた。
一つ一つは短時間でも、上手く時間が調整できれば一日で結構稼げる。
久しぶりに派遣会社から次々入った案件を朝から晩まで詰め込んだ。
オーバーワークだとわかっているけれど、忙しくしていれば考えずに済む――そんな気持ちが、心の片隅にあった。
ヴァイオリンのこと、マキくんとの同居生活、美湖ちゃんからのお誘い。
いろんなことが一度に動き出し、心も身体も急激な変化に付いていけずにいる。
いましばらくの間、難しいことは考えたくなかった。
そんな超ハードスケジュールもティッシュ配りで一旦終わり。
次の土曜日に入っているレセプショニストのアルバイトまでは、暇だ。
ゆっくり休める。
しかし……。
下校ラッシュと帰宅ラッシュが重なって、駅前に人が溢れる午後五時現在。
駅前の交差点近くで英会話教室の宣伝入りティッシュを配りながら、「バイトを休め」というマキくんの言いつけを守らなかったことを猛烈に後悔していた。
(ああ……どうして、マキくんの言うことをきかなかったの? わたしのバカ……)
今朝、豪華な朝食を作ってから起こしに来たマキくんは、わたしが三回連続でくしゃみをしたのを目撃するなり、重々しい口調で命じた。
『ハナ。バイトは休め。本当ならば一日中ついていてやりたいところだが、今日はどうしても外せない用件があって、社に出向かなくてはならない。何かあったら、すぐ携帯に連絡しろ』
俺様だけれど世話好きのマキくんは、非常に行きたくなさそうな様子で、渋々出かけて行った。
ここのところ、監査がどうとかで仕事が忙しいらしく、昼間に度々家を空け、夜も接待だの何だのと出かけては、帰宅が深夜に及ぶこともあった。
そのおかげで、妨害されることなくアルバイトに勤しめていたのだが……。
本日も、出勤ラッシュ時のティッシュ配り→オフィスビルの清掃→家に戻ってお昼を食べ、一時間ほどヴァイオリンを練習→ランチタイムコンサートでレセプショニストのアルバイト→再びティッシュ配り中の現在、絶不調に見舞われている。
(うう……辛い……でも、あとちょっと……あとちょっとだから……ガンバレ、わたし!)
幸いなことに、今日のアルバイトはこのティッシュ配りで終了だ。
あとは、まっすぐ家に帰るだけ。
頭痛に顔をしかめそうになるのを堪え、足元の箱に残っていた残り五個のポケットティッシュを鷲掴みにし、通行人の行く手に差し出す。
買い物袋を手にしたオバサマが一気に三つもらってくれて、残り二つはくしゃみを連発していたビジネスマンがもらってくれた。