溺愛音感
紛れもなく女性の声だった。
番号をまちがえて登録したのかもしれないと思い、慌てて切ろうとしたら、続けて聞き覚えのある声がした。
『聞いていても、右から左へ抜けていくんじゃ意味がな……もしもし?』
別に、女性と一緒にいるからといって、驚くようなことではない。
会社には女性従業員だっているだろう。
けれど、どうしてもそうではない場合を想像してしまう。
「マキくん……あの……いま、外?」
『ああ、移動中だ』
「……もうすぐ、帰って来る?」
『いや、まだだが』
「……仕事?」
『仕事ではない』
仕事ではないのなら。
「デート中だった?」
『えっ!? いや、そうじゃない。そんなわけないだろう?』
焦ったように否定する声が、遠く聞こえる。
わたしの知らない場所で、知らない女性と一緒にいると知っただけで、胸が苦しくなるなんて意味がわからない。
熱のせいで、身体のあらゆる機能がおかしくなっているようだ。
「……邪魔して、ごめんなさい」
『ちがう。ちがうんだ! ……おい……待てっ! ハ……』
電話を切って、懲りない自分にうんざりした。
(なんで、忘れてたんだろう……?)
気まぐれに与えられる優しさに、溺れてはいけないと学んだはずなのに。
今日は与えられた餌が、明日は与えられないかもしれない。
もう聴きたくないと言われれば、それでおしまいなのに。