溺愛音感


(こんな時間に病院はやってないんじゃ……? 明日には熱が下がってるだろうし……)


ウトウトしていたら、ふと知らない声が聞こえて、誰かが覗き込んでいるような気配を感じた。

目を開けると、口ひげを生やした男の人が目の前にいる。


「ぎゃぅっ」


驚きすぎて奇妙な叫び声を上げてしまった。


「あー、驚かせてすまん。用がある時しか連絡して来ない薄情な柾の友人で、医者の立見(たつみ)だ」

「い、しゃ……にんげんの?」


獣医ではないのかという一抹の不安から確かめると、苦笑いされた。


「安心しろ。人間用の医者だ。胸の音、聴かせてもらうぞ」


冷たい聴診器が、何度か胸に押し当てられる。


「ん、問題ないな。風邪というより、疲れが溜まっていたんだろう。柾、おまえがストレスの原因じゃないのか? ペットも人間も、かまわれ過ぎはストレスになるんだ。夜、ゆっくり寝かせてやってるか? 十代のガキみたいにがっついてんじゃねぇぞ? バカ」

「がっついてなどいないっ!」


俺様王子様をバカ呼ばわりし、反論も軽く聞き流したお医者さんは、ぽかんとしているわたしの頭をひと撫でし、呟く。


「しっかし……おまえ、いくつだ? 医者として犯罪は見過ごせん」

「……二十五」

「二十五っ!? 嘘だろ……」


年相応にみられたことは一度もないので、その反応は珍しくもない。


「まあ、二十五でも犯罪っちゃあ、犯罪だが……見てくれは、柾とちょうどいいか」

「おい、いつまでハナに触ってるんだっ!? さっさと離れろ!」

「独占欲もほどほどにしないと重いウザイ男と思われて、逃げられるぞ?」

「俺は重くもウザくもないっ!」

「自覚しろよ、いい加減。とりあえず、解熱剤だけ出しておくが、肝心なのは休養だ。水分を摂って、ゆっくり寝ろ。それから……痩せすぎだ。一日三食、ちゃんとしたものを食べて、規則正しい生活を送るように」

「はい」

「よし、いい返事だ。それにしても…………おまえ、かわいいな?」

「診察が終わったなら、離れろっ!」


再びわたしの頭を撫でようとしたお医者さんは、背後からマキくんに羽交い絞めにされ、引きずられるようにして部屋から連れ出される。


「柾、この貸しは高くつくぞ」

「わかってる。Adagioにボトルを入れておけばいいんだろ?」

「ブラントンにしろ」

「まだ諦めてないのか? いい加減、オークションででも買えばいいものを」

「それじゃ面白くない」


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