溺愛音感
だって、いつ捨てられるかわからない。
いま与えられている優しさが、いつまで続くかわからない。
勘のいい人なら、相手の気持ちが変化していることにもすぐに気づくのかもしれないが、わたしには無理だ。
和樹の時だって、現場を見るまでまったく浮気に気づかなかった。
ある日突然、支えを失うなんて経験は二度としたくない。
(でも……)
マキくんなら大丈夫だと思いたい気持ちもある。
感情と理性の間を行ったり来たり。
素直に吐きだせない気持ちが苦しくて、助けを求めるように見上げると、わたしが言いたかった言葉がキスと一緒に落ちて来た。
『Ne me laisse pas seule……non?』
――ひとりにしないで。
ベッドが新たに加わった重みで沈み、すっかり馴染んでしまったぬくもりに包まれる。
「具合が悪いときは、いくら甘えてもいいんだ」
俺様で、毒舌で、嘘つきで、外面のいい王子様で、人の話を聞かなくて、時々ものすごく子どもっぽくて、独占欲が強くて……。
好きになれない理由を挙げれば、いくつもある。
近づきすぎないように、距離を保たなくてはと思っていた。
二度と人を――男性を信じない、好きにならないと思っていた。
なのに。
どれだけ不満を並べても、柔らかな澄んだテノールで「ハナ」と呼ばれるたびに、少しずつわたしの中で育ち、咲き始めた感情を消すことができない。
熱でぼうっとした頭でも、自分が抱いている感情が何なのかくらい、わかる。
(わたし……マキくんのこと……)
「ハナ?」
心配そうに覗き込む人に、自分からキスをする勇気はまだなくて。
その代わり、広い肩に噛みついた。