溺愛音感
最初の目的地である海浜公園は、車で三十分ほどの距離。
車窓から見える景色はあまり変わらず、こんなところに海があるなんて信じられなかったけれど、駐車場で車を降りた途端、潮の香りがした。
清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んで、早速海を目指して歩き出そうとしたら、フードを掴まれ、首が締まった。
「ぐっ……マキくん、何するのっ!?」
「勝手にウロつくんじゃない。広大な場所なんだ。迷子になったら、探すのが大変だ」
「迷子って……子どもじゃないんだから……」
「ハナはサイズが小さいから、見失いやすい。手を出せ」
「手?」
「本来なら、きちんと首輪とリードを着けて散歩させなくてはならないが……」
首輪にリードで繋がれたくはないので、慌てて手を差し出した。
マキくんは、手のひらをしっかり合わせ、指を絡めてくる――いわゆる恋人繋ぎというヤツだ。
ちょっと恥ずかしいけれど、安心する。
大勢の人で賑わうショッピングモールを通り抜けた先には、遊泳禁止の砂浜が広がり、波打ち際で子どもたちが歓声を上げていた。
ざっと見渡しただけでも、のんびり散歩ができる遊歩道、海の見えるカフェ、コーヒーやジェラートスタンド、大きな観覧車などがあって一日中いても飽きなさそうだ。
どこから見物しようか迷う中、マキくんがわたしを連れて真っ先に向かったのはジェラートスタンド。
オススメと書かれた「抹茶」「チョコレート」「ラムレーズン」のトリプルを注文するとわたしに持たせ、十五分おきにショーが見られるらしい噴水側のベンチに座らせた。
「ハナ。しばらく、ここで待っていろ。十五分くらいで戻る」
「うん」
野暮用があると言っていたことを思い出し、頷く。
「くれぐれも、勝手にウロウロするんじゃないぞ」
ジェラートを食べ終えたら近くを散策しようと思っているが、正直に言うと面倒なことになるので黙っておく。
「わかってるよ」
「迷子になったら……」
「ならない」
「餌を貰っても知らない人間には付いて……」
「いかないっ!」
「ハナは、かわいいからな……心配だ」
「そんな……」
真面目な顔で言われてちょっぴり照れたが、うぬぼれてはいけないと瞬時に思い知らされる。
「買い物している間に、外に繋いだペットを盗まれることもある。見知らぬ人間が近づいたら、目いっぱい吠えて威嚇しろ」
「…………」
『Mon poussin』
マキくんは、むっとしているわたしの頬にキスをし、「すぐに戻る」と言って颯爽と去って行く。
その後ろ姿には、すれ違う女性たちの無数の視線が注がれていた。
(なにがヒヨコ……なにがかわい子ちゃんよぉ……)
バクバクとジェラートを頬張りながら、何気なく辺りを観察していたら、思いがけず知った顔がある。
「あ」
小さな男の子を肩車し、奥さんらしき女性と並んで噴水の向こう側を行く口ひげを生やした男性は、お医者さん――立見さんだ。