カラダで結ばれた契約夫婦~敏腕社長の新妻は今夜も愛に溺れる~
「い、いってらっしゃいませ……!」

清良が声を発することができたのは、玄関の扉が閉まったのとほぼ同時だった。

彼に声が届いたのかはわからないが、せめて頭の「い」くらいは届いていてほしいと願った。

途端に家の中がシンと静まり返り、ひとりの日常が戻ってくる。

またお留守番生活の始まりだ。次に彼が帰ってくるのはいつだろう。

「……また帰ってきてくれるかな……?」

ふと不安が脳裏をよぎる。もしかしたら、このまま一生この家にひとりかもしれないと考えたことは、一度や二度ではない。

自分が籠の鳥になったと気づいたのは、この家に引っ越してきて一週間が経った頃だった。

誰もいない孤独な週末。いつ帰ってくるかもわからない主人をひたすら待ち続けるだけの、不安と退屈が交互に押し寄せる空虚な生活。

彼の言っていることの意味がようやくわかった。

愛があるほど務まらない、忍耐のいる仕事。

彼のことを愛おしく思えば思うほど、ひとりで待つ時間が苦痛になる。

孤独という枷が手足に絡みついて、がんじがらめになる。

ましてや、妻が待ちぼうけをしている間、夫は生き生きと仕事を楽しんでいるのだ、愛が憎悪に変わるのも時間の問題だろう。

もちろん、憎悪に変わるほどの愛を持たない清良には、ただただ自分が彼の役に立てているのかが心配だ。

< 78 / 262 >

この作品をシェア

pagetop