捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「佐野? 佐野……。ああっ!」

 腕を組んで考え込んでいた拓馬さんは声を上げ、目を見開いて私を見た。

「それは俺の秘書じゃない。親父のとこの秘書だ! 俺の秘書は三年前から変わらず大村という女性なんだよ」
「え? お父さんの……?」
「読めたぞ。あのときから俺たちの邪魔をしてたんだ。姑息な真似しやがって。真希はどうしてそれをあの頃言ってくれなかったんだ」
「それは」
「って、言えなくさせていたのは俺か。俺が先に嘘をついてしまったから」

 私の答えを求めず、自分を悪者にして歪に笑う拓馬さんに、無性に触れたくなる。

 私は両手をグッと握り、膝の上に留めた。
 心の中で葛藤していると、拓馬さんが柔和な面持ちを見せる。

「全部話すよ。今さらだってわかってる。それでも。聞いてくれるか?」
「はい」

 拓馬さんの口から紡がれる過去の話は、とてもシンプルな内容だった。

 左右田さんとの婚約は、本当に外野がお膳立てして本人の意向を後回しにされていたということ。
 そのせいで無駄に左右田さんを傷つける結果になるのは申し訳なく思っていたし、左右田屋への信頼回復も会社的には必須で一生懸命だったこと。

 それゆえ、余裕がなくて私との時間は取れず。
 また、『距離を置きたい』と言ったのは、婚約の話もきちんとしてから私を迎えに来ようとしての言葉だった、と話してくれた。

 それらを一年半前の私は感じ取れなくて、歩み寄る余裕もなくて、結局拓馬さんだけでなく自分をも苦しめた。

「スマホはきっと佐野さんの自作自演だと思う」
「それって、どういう……」
「真希に振られた日、佐野さんがふらりと会いに来たんだ。で、机の上のスマホがないと気づいて困っていたら、次の日、自分のものと同機種だったため間違って持って行ってしまったと返された」
「え……そんな。気づきそうなものなのに」
「確か、俺の机の上に誤ってカバンの中をぶちまけたんだよ。まあ、それもわざとだったんだろうけど。さすがにあのときは疑いもしなかったな」

 唖然としていたら、拓馬さんがベンチからおもむろに立ち上がり、空を仰いだ。

「静香さんの件も……彼女があえて真希の料理教室を選んだと知って、様子を窺っていた。きみに話さなかったのは、変に意識させて仕事に差し支えても困ると思ったからで」
「まあ、知っていたら平常心ではいられなかったかもしれませんが……」

 それでも、言ってくれていたらなにか変わっていただろうか。

 過ぎた話を引っ張り出して、『ああしていれば』なんてナンセンスだ。
 過去の自分はそのときを懸命に生きていたんだから。
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