捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「スムーズにいっていた左右田屋との取引が雲行きが怪しくなって、彼女が一枚噛んでいるかもと考えたら、真希にも影響するんじゃないかと慎重になってしまって」
「ああ。影響はすでにありましたけどね」
「えっ」

 私がぽつりと漏らすと、拓馬さんは目を剥いて私を振り返る。

「ちょうどあの夏はイベント企画に左右田屋がかかわっていたんですよ。それを中止させたくないなら、仕事を辞めて拓馬さんにも二度と会うなということを言われて」
「まさかそれが理由で……」
「理由のひとつではありますが、そのあと佐野さんからも言われたし、私も粘る気力なかったから」

 今思えば、あの頃の私は喪失感から悲劇のヒロインぶってた。
 逃げていた私に現実と向き合うきっかけをくれたのが理玖だった。

 やっぱり、理玖が私のところに来てくれたのは必然で、一生をかけて愛すべき存在だと改めて思う。

「そうなるのを避けたくて、彼女の前では俺の真希への気持ちを押し隠していたのに……。佐野が裏でいろいろ動いてたんだな。冷静に考えていれば気づけたものを」

 悔し気に唇を噛む拓馬さんを見上げ、はっとした。

 私たちが約束していた日、拓馬さんが私の存在をまるでないように振る舞っていたのは、私のためだったんだ。

「私はなにも知らずに……一方的に心を閉じてしまったんですね」

 赤く染まる夕陽が地に消えていくのを見て、約一年前の自分を思って苦笑する。

「原因は俺にある。俺はビジネスと同様に考えていたんだ。タイミングや順を間違えないように……俺の視点に重きをおいてね」

 赤々とした光に照らされた端正な横顔は、苦渋の色を浮かべていた。

「恋愛はビジネスと違った。ふたりの問題なのだから、ひとりで解決するべきじゃなかった。この一年ちょっとずっと後悔し続け、反省したよ」

 彼の懺悔は私にも身につまされる思いだ。

 私なんて、ついさっき父に気づかせられた。
 時間が経った今、単純にそうやってすべて正直に晒してふたりで考えればよかったのだと失笑してしまう。

 しかし、あの当時はなぜかひとりで抱え込み、傷つくのを恐れて目を背けた。

 だから今度こそ、今日このときを後悔しないように……。

「拓馬さん、この後の予定は?」
「今日はすべての予定を終わらせてきた。真希に会ってもらえるまで粘ろうと思って来たんだ」

 私は少し恥ずかしそうに口角を上げる拓馬さんをまっすぐ見て言った。

「じゃあ、お夕飯……食べていきますか?」

 これは過去のしがらみから抜け出し、前へ踏み出す第一歩。

 これから先のイメージは、まだ明確には浮かばない。
 ただ、ここからはひとりじゃなく、ふたりで考えていくのが正解な気がした。

 拓馬さんはかなり驚いた顔をして固まっていた。

「え……いやでも、ご両親が」
「平気ですよ。父が敷居を跨がせた時点で拓馬さんの粘り勝ちです。それに、今日は山梨名物のほうとう鍋ですから。お鍋だからひとりくらい増えても平気ですし。理玖もほうとう鍋の野菜、好きなんですよ」

 私が答えると、彼は初め少し迷っていた様子だったがすぐに頬を緩めた。
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