捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 夜八時前に拓馬さんが両親に挨拶をし、帰ろうとしたので私は外まで見送ろうと一緒に玄関を出た。

 拓馬さんを交えての食事は、やっぱり日常とは異なる余所行きの雰囲気にはなっていた。
 しかし、決して悪い空気ではなく、きっと結婚相手を両親に紹介するときってこんな感じなのかなと思うような、心地いい緊張感だった。

 一番話をしてくれていたのは母で、父はほとんど喋らなかったけれど、拓馬さんが席を立つまでリビングにいてくれた。

 拓馬さんが自分の車まで歩いている途中、口を開く。

「本当に美味しかった。さすが真希と真希のお母さんの料理だ。そりゃあ理玖もたくさん食べるわけだ」

 田舎にあるこの家は、庭がそこそこ広い。
 車まで十数メートルの距離を私たちはゆっくり進んでいく。

 この時間がとてもゆったりと穏やかな流れに感じられて、私は自然と胸の中にある感情を言葉にしていた。

「この前……拓馬さんは理玖を見て、疑いもせず『俺の子だね』ってことを言ったじゃないですか。あれ、うれしかったな」

 拓馬さんは目を丸くして私を見る。

「だって、あんな別れ方をした女が、再会したときに子どもを抱いていたら、別の人との子じゃないかって勘繰られたりしそうなものだから」

 男女の関係って、一度拗れると余計なフィルターを通して見てしまいそうだし、なんとなく男の人は『自分の子じゃない』と否定したがるイメージがあった。

「真希の浮気を疑うなんて、これまでもこの先もないよ。きみは出逢ったときから正直で誠実だった」

 私は過去に拓馬さんへ半ば一方的に別れを告げた。
 正直ではあったかもしれない。だけど、誠実ではなかったと思う。

 私が奥歯を噛みしめ、小さく首を横に振ると、彼は月明かりのごとく柔らかな笑みを浮かべた。

「きみの選択と勇気がなければ、俺は今以上に後悔する羽目になっていた。真希。理玖を産んで……育ててくれていてありがとう」

 涙で前が滲む。なにか言おうとすれば、目から零れ落ちるのが容易に想像できて、私はぎゅっと唇を引き結んだ。

 それから、どうにか昂ぶる気持ちを抑えて、ぽつりと言う。
< 104 / 144 >

この作品をシェア

pagetop