捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 その後、仕事を終えて実家に帰る道中、ハンドルを握りながらぼんやりとしていた。

 今日何度目かもう数えきれないほど、拓馬さんの言葉が頭の中で繰り返される。

『真希が決断して、準備が整うまで気長に待つよ。平気さ。それまでは俺がここへ会いにくればいいんだから』

 はっきりと『一緒に暮らそう』と言った拓馬さんは、たぶん一日でも早く私たちが東京に戻るのを望んでる。
 そんな思いを押し込めて、私を優先してくれている。

 わかっていても、夢や理想で一歩踏み出すのは難しい。

「ただいま」
「おかえり」

 玄関を開けると、理玖を抱えた父がやってきた。

「あれ? 珍しいね。お父さんと理玖が一緒に出迎えてくれるなんて」

 いつもは母と理玖だから、ちょっと新鮮だ。

「母さんは今、彩希と電話してるんだ」
「彩希? そっか」

 私は靴を脱いで理玖に微笑みかける。洗面所へ行ってから父と交代しようとした矢先、ぼそっと言われた。

「あいつは昨日話がついたから来なくなったのか」

 父を見れば、仏頂面だった。一瞬何事かと思ったけど、すぐに佐渡谷さんの話だと気づく。

「ああ、佐渡谷さん? そういえば、今日から出張だって言ってたけど」
「出張? ……そうか。商社は休みでも仕事があるのか」

 父は私の答えに拍子抜けしたのか、わざとらしく目を逸らして小さく返した。
 私は父の横顔を見てきょとんとする。

 これは佐渡谷さんを気にかけてるってことだよね?

 そうとわかると頬が緩んでしまう。

「たぶん。デパートとか見て回ったり? 戻ったらまた来るって言ってたよ」

 私がさらに説明すると、父は背中越しに言った。

「予定がわかるなら事前に教えろ。ほら……母さんも夕食の支度とかいろいろ急だと困るだろうしな」

 理玖を連れてさっさとリビングへ戻ってしまった父を見送っていると、今度は電話を終えた母が顔を出した。

「あ、真希。おかえりなさい」
「ただいま。彩希は変わりなかった?」
「元気よ。明日からの連休に帰ってくるって。だから、真希のことは電話ではなにも話してないわよ」
「うん。わかった。彩希には最近あったこと直接きちんと話すから」

 彩希は妊娠して初めに相談した相手。
 私が実家に戻ってきてからも、ときどき私や理玖を気にかけてくれていた。

 明日久々に帰ってくるなら、ゆっくり話を聞いてもらおう。
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