捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 小さな寝息を立てている理玖に、布団をかけ直す。
 しばらく寝顔を見つめた後、スマホを手に窓際に座わった。

 昨夜、帰り際に拓馬さんと連絡先を交換した。

【佐渡谷拓馬】と表示されている画面に視線を落とし、昔をほんの少し思い出す。
 当時は自分から彼に連絡をする際、ドキドキしていた。現在も変わらず緊張している自分に思わず笑ってしまった。

【こんばんは。今、少しだけいいですか?】

 短い文章を作成し、送信ボタンに触れる。すぐに既読がついたと思えば、スマホが震え出した。

『もしもし』
「あ、遅い時間にすみません」
『大丈夫。どうした?』

 電話はしようと思っていたけれど、向こうからかかってくるとは想定していなくて少し取り乱す。そわそわとカーテンの裾を触りつつ、用意していた言葉を口にした。

「本当は次に会ったときゆっくり話せばいいかなって思ったんですけど、やっぱり今伝えたくて」
『うん』

 耳に心地いい低い声は、私を安心させる反面、胸を甘く締めつける。
 カーテンの隙間から丸い月を見上げ、囁いた。

「私、拓馬さんを愛してます」
『え……』
「なので、すぐには無理ですけど、そっちへ行く準備を……」

 スピーカーの向こう側で、彼がびっくりしているのを感じた。
 しかし、顔から火が出るほど恥ずかしいから、あえて次に話を運ぼうとすぐさま言葉を繋いだ。

『なんで今、そんなことを』

 深いため息交じりに言われ、なにも返せずにいると拓馬さんの艶やかな声が耳孔に届く。

『電話じゃ抱きしめられない』

 静寂な夜の中、自分の心臓だけが激しい音を立てている。
 胸に添えた手をぎゅっと握った。

『次に会ったときにもう一回言って。いや、これから何度でも聞かせて』
「な、何回もはちょっと」
『俺も同じだけ……いや、それ以上に応えるから』

 こんな甘やかな夜を迎えるなんて、生きているとなにが起こるかわからないものだ。

 私は火照る頬を手で軽く扇ぎ、電話だというのに目を泳がせた。

「そっそういえば。昨日聞き忘れてました。そもそもどうして私の居場所がわかったんですか?」

 ここ山梨までやってきたときは、驚きのあまり理由まで考えられなかった。

 アパートも職場も携帯番号さえもすぐに変えたうえ、さらに東京を出て山梨まで来たから、もう絶対に会うことはないと思っていた。
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