捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
『取引先の担当者と雑談していたときに、なにかの話の流れでその人が地元の施設に入所している自分の父の話をしていて』
「施設? まさか……」
『そう。真希の職場だろう? あの辺りで大きな老人福祉施設はそこしかないと調査済みだ』

 よく言う〝世間は狭い〟というものが実際にあるのだと絶句した。

『すぐ施設に問い合わせたものの、個人情報だからと取り合ってもらえず……。諦めきれなくて現地までやってきたはいいが、当然見つからなくて。意気消沈しつつ車を遠回りさせていたら真希を見つけた。夢かってくらい驚いたよ』
「そりゃ驚きますよ」

 私なんて事前の情報もなにもなく、突然拓馬さんが目の前に現れたのだから。

『同時に奇跡に感謝して、この機会を逃さないと心に決めた』

 はっきりと放たれた言葉に心が震えた。

 電話でも拓馬さんの真剣な表情が目に浮かぶ。

 彼の熱意はひしひしと感じられる。
 連日、うちの実家までやってくるのも大変だったと思う。

 そもそも、職場に電話で問い合わせをしてダメだったあとに、自らやってきたなんて……。

「それにしても、その人って誰だろう。私は基本的に裏方だし、あんまり入所している人たちとは話す時間もないんですけどね」
『佐々木という人だ。好き嫌いの多い父が今の歳になってから克服しようと頑張ってる、と話していて。さらに聞けば、食事を作ってくれている若い女性に触発されたらしい、と』
「佐々木さんが!」
『〝嫌いなものを食べなきゃいけない〟って食事が憂鬱になる前に相談してくれたら、別の方法でフォローしますって実際頑張ってくれたのを感じて、自分も甘えてばかりじゃだめだと思ったらしい』

 確かに佐々木さんは偏食だ。初めは好きな食べ物を聞きだすのさえ、『どうせ説教だろ』と取り付く島もなかった。
 が、本人ではなくご家族や同室の人、担当スタッフに探りを入れて、佐々木さんが好む食事になるよう工夫し、今では『真希ちゃん』と呼んでくれるほどの関係になれた。
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