捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
『その話を横で聞いていて、妙に気になって。前に真希に同じようなことを言われたから』
「ああ。雑穀米のときの」
『それ。あれ以来、雑穀米を目にしたら真希しか思い出さない』
「なんですか、それ」

 くすくすと笑って、星空を眺める。

 あれから日々めまぐるしくて、懸命に〝前を向け〟って言い聞かせて必死に生きてきたから、こうやってゆっくり夜空を見上げることもなかったと気づく。

『ところで、住む場所はとりあえず俺のマンションでいいかな? なにか不便があるなら、そのあとで引っ越しを考えても……』
「えっ。いえ、十分です! 引っ越しなんてしなくても! それよりも、先にご両親に挨拶と了承をいただいてからのほうが」

 いざ、今後の具体的な話となると、どうしても身構える。
 拓馬さんのお父様に許しをもらうのが困難だと容易に想像がつくためだ。
 私たちはまだスタートラインにさえ立てていない。

「元から私の印象良くないのはわかっていますし、せめて今からでも」
『順序なんていまさらだ』

 ぴしゃりと言い返され、口を噤んだ。

 彼の言葉通りだ。私たちはすでに順序がめちゃくちゃ。好きでこうなったわけではないと思いつつも、事実は変えられない。

『あっ、違う! 誤解しないでくれ。投げやりに言ったわけじゃなくて。今からでも順を踏むべきとはわかっていても、俺がすぐにでも一緒に暮らしたくて』

 落ち込む私に、電話の向こう側から慌てた声がして目を丸くした。

『……俺、焦りすぎてる?』

 私の記憶では、拓馬さんは大人で冷静でスマートな人。そんな彼が、必死になったり焦ったりする様は、不格好だと幻滅など微塵も感じられず、ただ私との間で取り乱す彼が愛おしい。

 私は堪らず小さく笑った。

「少し。だけど……うれしいです」

 すると、拓馬さんは『はー』と深く息を吐いて言った。

『よかった。受け入れてもらえて……。大袈裟じゃなくて、俺は生涯をきみに捧げたいと思ってるから』

 特に夜は、もう一度彼とともに歩んでいくなんて夢なんじゃないかと思うときがある。

 でも今夜は、輝く星も幻想的な光に包まれている月も、彼の声のもとで瞳に映すととてもクリアで、はっきりと現実の中にいるのだと実感できた。

『いや……大袈裟ですよ』

 私は笑った。

 ほんの少し窓を開けたら、香るはずがないのに金木犀の匂いがする錯覚がした。

 将来私たちも、あの老人のように死後でも思い合えるくらいの関係を築けたなら……きっと、幸せの再スタートを切った今日を何度でも思い出すんだろう。
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