捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 夕方になった。
 私は理玖を連れ、近くのスーパーへ買い物に行き、マンションへ戻っていた。

 自宅まであと数分といったところで、車から降りてきた五十代くらいの男性と目が合った。
 瞬間、威厳のある雰囲気を感じ、ピリッとした緊張が走る。

 思わず姿勢を正して立ち止まると、男性のあとから佐野さんが現れた。私は一瞬で、立ちはだかる相手が誰だかを察する。

「きみが宇川真希さんかな」
「はい」

 この人は……拓馬さんのお父様だ。
 彼の視線は、私から理玖へと移された。私はそれがなんだか嫌で、理玖を隠すように身を軽く捻った。

「したたかな小娘だ。大方うちがどういう家柄かわかっていて産んだんだろう」
「は……?」
「社長!」

 佐野さんもさすがに失礼過ぎると思ったのか、咄嗟に声を上げていた。

「誤解です。私はなにか利益を得るためにこの子を産んだわけじゃない」
「百歩譲ってそうだったとしても、世間は財産目当てだと言うだろう。同じことだ」

 覚悟していたことだ。拓馬さんからお父様の話を聞いたときに。
 だけど実際に心ない言葉を浴びせられたら、腹立たしさよりも傷ついている自分がいた。

 世間の目はそんなふうに私を見るのかと思うと、急に心が鉛みたいに重くなる。

「病院を紹介しよう。そこでDNA鑑定を受け、佐渡谷の子だと結果が出れば……俺の養子にしてやろう」
「なっ……」
「そうしたら拓馬の縁談も進めやすいからな。まずは担当弁護士を……」
「勝手なことを言わないでください!!」

 黙っていればこっちの都合はお構いなしにペラペラと……!

「この子の将来はあなたが決めることじゃない!」

 堪らず、激昂して声を張り上げてしまった。私は拓馬さんのお父様を睨み続ける。

「ふん。まあ今日のところは引き下がる。今度顔を合わせる場では然るべき対応を願いたいものだな」

 期待を裏切らない捨て台詞を置いて、颯爽と車を停めたほうへと戻っていく。
 私がわなわなと拳を震わせて背中を見ていると、トン、と肩に軽く手を置かれた。

「なにっ……」

 気が立っていた私は過剰に反応しかけたが、佐野さんが無言で口元に人差し指を立てていたから自然と口を閉じた。
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