捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 瞬間、光汰が右手を振り上げた。
 私は反射で目を閉じて顔を背け、身体を強張らせる。

 ……が、想像する衝撃を受けることはなかった。薄目を開けて光汰の様子を窺う。

「えっ……」

 目の前では、光汰が右手を拘束されている光景があった。
 阻止しているのは、知らない男性。

 私は茫然として、その男性を見た。

 光汰との身長差から、百八十センチ以上あるだろうか。
 スタイルがよくてスーツ姿がとても似合う。ほどよく鍛えられた身体つきなのもわかる。

 なによりも、彼の端正な顔立ちにびっくりした。
 知的で凛々しい眉に、通った鼻筋。切れ長の目からはクールな印象を受ける。

 彼はかたちのいい唇に上品な笑みを浮かべ、薄っすら開いた。

「通りすがりが口を挟むのは野暮かとは思ったんだが……暴行を黙って見過ごすわけにはいかないしね」

 低くどこか色っぽい声や落ち着いた立ち居振る舞いから、年齢は三十代前半といったところだろうか。

 うっかり意識を奪われていたら、横にいた光汰が乱暴に男性の手を撥ね退け、下から嘗め回すように睨みつける。

「んだよ、テメェ! 部外者は入ってくるなよ!」

 紳士風な男性の隣に並ぶと、光汰はなにもかもが粗野だ。

 私は心の中で、もう何度目かわからないため息をつく。

 とにかく、この男性にこれ以上迷惑をかけないようにしなくちゃ。

 そう思って男性に目線を合わせた矢先、微笑を向けられた。

「彼女も同じ意見なら、私も謝罪してすぐさま立ち去りますが」

 彼はそう言って私の意向を確かめてくれた。そんなの、迷う余地もない。

「いえ。この人、相当感情的になっていたので、正直第三者の方がいてくれて助かります」
「真希っ」
「光汰、こちらの方に感謝するべきね。じゃなきゃ私、警察に通報していたんだから」

 私が追い打ちをかけると、光汰は苦虫を食い潰したような表情をし、舌打ちを鳴らした。

「くそ、調子に乗るなよ! 覚えとけっ」

 捨て台詞を吐いて走り去る姿は、史上最低にカッコ悪かった。
 乾いた笑いさえも出て来ない。

 なんとも言えない疲労感を受けていたが、ハッと我に返った。

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