捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「もしかして、私たち、昔どこかですれ違ってたりして。あ、でも拓馬さんとは四学年差だから、拓馬さんはもうここを卒業されてますね……わあ! すごい!」

 話しながら歩いていると、キャンパスの中庭のほうにイルミネーションを見つけた。

「え? なにかのイベントですか? クリスマスもとっくに終わっているのに」
「昔から二月いっぱいまで点灯してるみたいだ」
「へえ……綺麗」

 木の枝に青い光の粒が散りばめられていて幻想的な景観だった。

 まるで自分が宙に浮かんでいる感覚になる。
 ぼんやりとイルミネーションを仰ぎ見ていたら、拓馬さんが言った。

「俺、たぶんここで真希と一度会ってる」
「はい?」

 衝撃的な発言に、一気に現実に引き戻される。
 目を剥いて一歩前に立つ拓馬さんを凝視した。

 彼は数メートル先のベンチに視線を移し、ゆっくり歩を進める。

「いや。会ってるっていうより、俺が一方的に見ていたんだよな」

 ベンチの前で立ち止まり、懐かし気に眺めて続けた。

「専門学校のオープンキャンパスとかそういうイベントに来てたんじゃないか? ここでおにぎりを食べてただろ」

 確かに、入学前に見学を兼ねて専門学校の学校祭に来たりしていた。
 しかし、受験を含めて五回も来ていないとは思うけど……まさか数少ない上京したタイミングで見られていた?

「そう言われればそんな気も……。広すぎてここがキャンパス内って知らなかったから。ていうか、そんなところを見られていたなんてめちゃくちゃ恥ずかしいんですが」
「本当はもっと早くこの話をしたかった。でも真希が消息不明になったから」
「ごめんなさい。だけど、それなら出会ったときにでも話してくれたらよかったのに」

 拓馬さんは穏やかに笑って答える。

「さすがに出会ってすぐは同一人物だなんて自信がなかった。そもそもしばらく俺も忘れていたし」
「あ。そうですよね。そんな些細な話……言葉も交わしてないのに」
「声は聞いたよ。真希はお母さんと電話している様子だった。それでうれしそうな表情で言ってたんだよ。『美味しいよ、ありがとう』って」

 拓馬さんに言われてようやく思い出せるほどのことだ。
 午前中に専門学校の見学を済ませて、公園だと思ったここで母が持たせてくれたおにぎりを頬張った。

「俺は当時から千円以上、高ければ二千円を超えるするランチセットを注文していたが、あのときの真希が持っていたおにぎりが一番美味しそうだったな」

 拓馬さんは白い息を吐きながら、ベンチに向かって懐かしむように目を細めた。

 そして、ゆっくりと私を振り返る。
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