捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 男性の計らいで高速道路を走ったので、約三十分で自宅付近に到着した。
 私が財布を取り出すと、男性に軽く手を押し込められる。

「俺はこのまま、また乗っていくから」
「でも、ここまでの料金は……」
「とりあえず一度降りよう。運転手さん、ひとりだけ降ります」

 彼はそう言って先に車を降りた。続いて私も降り、改めて言い直す。

「ここまでしていただいて、本当にありがとうございました。面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ありません。せめてタクシーの支払いくらいさせてください」
「俺が勝手に気になって送っただけ。袖振り合うも多生の縁ってね。まあ、気にしなくていいよ」
「ですが……」

 気にしなくていいって言われても、簡単に『はい。わかりました』なんて答えられないよ。

 おずおずと彼を見上げると、「ふっ」と優しい笑いを零された。

「今回は俺の面子を保つためと思って。ね? ところで、自宅付近は大丈夫そう? 念のため、俺は少しここで待機してようか」

 パッと自宅の方向を見たけど、異変はなさそう。
 私は無意識にほっと肩の力を抜く。

「あ、いえ。見た感じ大丈夫です」
「そう。じゃあ、俺はこれで」

 彼は颯爽とタクシーに戻り、ドアが閉まった。あたふたしていると、窓越しに彼が微笑を浮かべ、すぐに発進してしまった。

「あっ、ありがとうございました!」

 私はもう届かないにもかかわらず、気持ちを声に出して勢いよく頭を下げた。

 それから、アパートの周辺に気を払いながら急いで部屋に入る。鍵をかけて、長い息を吐いた。

「疲れた……」
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