捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 一気に疲労感に襲われて、ビーズクッションに飛びついた。
 しばらくそのまま静止して、数十秒後におもむろに身体を起こした。

 のそのそと放り置いたバッグを手繰り寄せ、スマホを取り出す。

 私はまだ心の中で処理しきれない気持ちを、勢い任せに文字で綴った。送信ボタンに触れた直後、光の速さで返信が来る。

【え! あいつ、やっぱり来たの! 無事? なんかされてない?】

 続けて敦子から劇画チックな怒る猫の絵文字が送られてきて、ちょっと笑った。

「助けてもらったから大丈夫……と」

 ディスプレイに顔を近づけて返事をすると、またもやすぐに返信される。

【誰に? ほかのスタッフ?】

 私はまたキーパネルに指を滑らせ、【通りがかりの人】と答えた。直後、手の中のスマホが着信音を鳴らし始める。もちろん、着信主は敦子だ。

「もしもし」
『もう文字打つより電話したほうが早い!』

 敦子の言い分に軽く頷き、ゆっくりクッションに寄りかかる。

「確かに」
『で? その人って、まったく知らない人?』
「うん。私は見かけたことない人だったなあ。だけど、こんな時間にいたっていうのは、あの辺りに勤めている人なのかも」

 室内のロフトを見上げ、さっきまで一緒だった彼を思い出す。

 ピンとしたスーツとおしゃれなネクタイで、振る舞いが終始紳士的だった。しかも、やけに落ち着いた雰囲気だったし、きっと仕事ができるタイプの人なんだろうな。

 もしかしたら、もう役職についてるとか? 若い起業家って感じもある。

『って言っても、広すぎてどこの人かなんてわかんないね』

 敦子の返答はもっともで、私は頷いた。

「そうだね。でもまた顔合わせたりしたら、恥ずかしいっていうか。痴話喧嘩みたいなもの見せちゃったから」
『もー。よりによって私が休みのタイミングで……。ま、そんなの真希に言ったって仕方ないよね。ごめん。真希が一番不安な思いしてるんだよね』
「ううん。私も敦子がいればなって思った」

 私には想像もできないような、とんでもない思考の持ち主をひとりで相手してたら、プッツンと理性飛ぶかもしれないし。他人ならそうはならないけど、元カレだから。

『とにかく、戸締りとかきちんとしてね。明日休みだったよね? 出かけるときも気をつけてよ!』
「うん。ありがと。じゃあまたね。おやすみ」

 通話を切って、ひと息つく。

 そのあと、ようやくバスルームへ足を向けた。

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