捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
ここは十月目前でもまだ残暑が厳しい山梨県。
しかし、甲府市から五十キロほど離れた山中湖付近は避暑地というのもあり、ずいぶん涼しくなった。朝晩は肌寒いくらいだ。
私は着慣れたグレーのパーカーを羽織り、車に乗り込んだ。
山中湖から約十キロ離れた地域で生活をする私は、今日も職場である介護老人福祉施設にやってきた。車から降りて施設に入ろうとしたところで、声をかけられる。
「おお、真希ちゃん。おはようさん」
「あ、おはようございます。佐々木さん。ずいぶん早起きですね」
振り向くと、車椅子に乗った七十代のおじいさんがこちらに笑顔を向けていた。介護スタッフが車椅子を押し、さらに私に近づいてまた止まる。
「毎朝四時には目が覚めるんだよ。だからいつも朝食が待ち遠しい」
「じゃあ、リハビリ頑張って、昼食も完食してくださいね」
ニコニコ顔で話す佐々木さんに、私はガッツポーズで返した。
私、宇川真希は、この施設の調理員。入所している人たちの食事を作っているのだ。シフトは三パターンに分かれていて、今日は八時半出勤の中番の日。
着替えを済ませて調理室に入り、黙々と割り当てられた作業をこなす。配膳の準備が終わり、あとは片付けか……と息をついていたら肩をポンと叩かれる。
「宇川さん、しばらく休んでたのに、手際と要領のよさは本当変わってないわよね。若いっていいわねえ」
五十代のパート社員の女性が、いつものように話しかけてきた。
私は一身上の都合で一度この職場を離れた。しかし、ごく最近、施設長から直々に『そろそろ復職しないか』と連絡をもらって今に至る。
調理スタッフが続けて退職してしまい、困っていたらしい。私もそろそろ仕事を始めようと思っていたから渡りに船だった。
ここの調理員はほとんどがパート社員。平均年齢は五十代半ばといったところ。だから、今日で二十七歳になった私は最年少で、ことあるごとに『若い、若い』ともてはやされている。
「体調がいい日は家でも料理していたので……」
「そうだったの? 若いのに感心ねえ! だけど、立ち仕事は大変だから。あまり無理しないでね? まだ身体も本調子じゃないでしょうし」
「そうそう。そういうのって、男の人にはわからないことだから。なんかあったら、私たちに言いなさいよ。ね!」
ふたりの先輩スタッフが私を挟んで気にかけてくれるものだから、私は自然と笑顔になった。
「ありがとうございます」
「あっ、そうそう。今日、お菓子持ってきてるのよ。あとで宇川さんにあげるから持って帰って食べて」
「えっ。でも昨日もいただいたのに」
復帰してから頻繁にお菓子や手製のおかずをお裾分けしてくれるけど……私って、そんなに貧弱に見えるんだろうか。
そう思っていたら、先輩が私の背中をバシバシと叩き、明るく笑った。
「いいのいいの! 宇川さん、だいぶ痩せたんじゃない? ちゃんと食べなきゃ。何事も体力がないと」
仕事は体力もいるし大変だけど、周りの人たちはみんないい人。今ある幸せに感謝しなきゃ。
「そうですよね。いつもありがとうございます」
私は深々と頭を下げてお礼を言うと、温かな気持ちで残りの仕事に向き合った。
しかし、甲府市から五十キロほど離れた山中湖付近は避暑地というのもあり、ずいぶん涼しくなった。朝晩は肌寒いくらいだ。
私は着慣れたグレーのパーカーを羽織り、車に乗り込んだ。
山中湖から約十キロ離れた地域で生活をする私は、今日も職場である介護老人福祉施設にやってきた。車から降りて施設に入ろうとしたところで、声をかけられる。
「おお、真希ちゃん。おはようさん」
「あ、おはようございます。佐々木さん。ずいぶん早起きですね」
振り向くと、車椅子に乗った七十代のおじいさんがこちらに笑顔を向けていた。介護スタッフが車椅子を押し、さらに私に近づいてまた止まる。
「毎朝四時には目が覚めるんだよ。だからいつも朝食が待ち遠しい」
「じゃあ、リハビリ頑張って、昼食も完食してくださいね」
ニコニコ顔で話す佐々木さんに、私はガッツポーズで返した。
私、宇川真希は、この施設の調理員。入所している人たちの食事を作っているのだ。シフトは三パターンに分かれていて、今日は八時半出勤の中番の日。
着替えを済ませて調理室に入り、黙々と割り当てられた作業をこなす。配膳の準備が終わり、あとは片付けか……と息をついていたら肩をポンと叩かれる。
「宇川さん、しばらく休んでたのに、手際と要領のよさは本当変わってないわよね。若いっていいわねえ」
五十代のパート社員の女性が、いつものように話しかけてきた。
私は一身上の都合で一度この職場を離れた。しかし、ごく最近、施設長から直々に『そろそろ復職しないか』と連絡をもらって今に至る。
調理スタッフが続けて退職してしまい、困っていたらしい。私もそろそろ仕事を始めようと思っていたから渡りに船だった。
ここの調理員はほとんどがパート社員。平均年齢は五十代半ばといったところ。だから、今日で二十七歳になった私は最年少で、ことあるごとに『若い、若い』ともてはやされている。
「体調がいい日は家でも料理していたので……」
「そうだったの? 若いのに感心ねえ! だけど、立ち仕事は大変だから。あまり無理しないでね? まだ身体も本調子じゃないでしょうし」
「そうそう。そういうのって、男の人にはわからないことだから。なんかあったら、私たちに言いなさいよ。ね!」
ふたりの先輩スタッフが私を挟んで気にかけてくれるものだから、私は自然と笑顔になった。
「ありがとうございます」
「あっ、そうそう。今日、お菓子持ってきてるのよ。あとで宇川さんにあげるから持って帰って食べて」
「えっ。でも昨日もいただいたのに」
復帰してから頻繁にお菓子や手製のおかずをお裾分けしてくれるけど……私って、そんなに貧弱に見えるんだろうか。
そう思っていたら、先輩が私の背中をバシバシと叩き、明るく笑った。
「いいのいいの! 宇川さん、だいぶ痩せたんじゃない? ちゃんと食べなきゃ。何事も体力がないと」
仕事は体力もいるし大変だけど、周りの人たちはみんないい人。今ある幸せに感謝しなきゃ。
「そうですよね。いつもありがとうございます」
私は深々と頭を下げてお礼を言うと、温かな気持ちで残りの仕事に向き合った。