捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「あー、うん。気にしてないよ。それより、敦子大丈夫だった? 巻き込んじゃって……本当にごめん」
「平気平気。彼が助けてくれたし」

 敦子の返答で自然と視線が彼に向く。

 精悍な顔つきの彼は、ジッと私を見つめ返してきた。近い距離でそんなふうにまっすぐ見られたら、なんだか気持ちが落ち着かない。

 ドキドキしていると、敦子が憤慨した様子で続けた。

「いっそのこと、猶予なんか与えないで今すぐ彼が撮ってくれた証拠を警察に提出したらいいんじゃない?」

 私は敦子の声に我に返って、男性から目線を逸らした。が、あからさまな態度だっただろうかと不安になり、内心動揺する。

 すると、男性が口を開いた。

「きみが望むならそうする。でもきっと、そうしたくないんじゃないかと思って」
「えっ……」
「さっき『これ以上私たちの過去を汚点にしないで』って言っていたから。彼に法的な罰を与えるのは簡単だけど、そうするときみの過去がまたつらいものに変わってしまうのかなって」

 鋭い指摘に咄嗟に返答できなかった。数秒おいて、ぽつりと漏らす。

「私も大概、都合のいい人間ですね……」

 敦子を危険に晒しておいて、自分の気持ちを優先して光汰のしたことに目を瞑ろうとするなんて。
 やっぱり、心配や迷惑をかけた手前、きちっと対処したほうが……。

「そんなことないよ! 誰だって、元カレが犯罪者なんて嫌だし! ごめんね。私つい頭に血がのぼって変なこと言った」

 俯いて足元を見た瞬間に敦子のはきはきとした声が聞こえ、思わず顔を上げる。彼女は凛とした瞳で私を見ていた。

 私はなんだか胸の奥が熱くなり、涙が出そうなのを堪えて首を横に振る。

「ううん。私のほうこそ、敦子を危険な目に遭わせたのに自分勝手で……」
「気にしないでってば。むしろ私は真希がひとりのときじゃなくてよかったって思ってるし。結果的にはお互い無事だったんだから」

 敦子が軽く私の肩を叩きながら言った言葉に、はたとする。

 そうだ。敦子だけでなく、彼にも迷惑をかけた。
 私は上背のある彼に向き直り、おずおずと尋ねる。

「あの……私は宇川です。あなたのお名前を伺っても……?」

 この間は、また会うなんて考えもしなかったから名前を聞きもせずにお礼を言った。

 今回、助けてもらうのは二度目だ。きちんと名前を言ってお礼がしたいと思った。

 彼は躊躇いもせず、さらりと答えてくれた。
< 21 / 144 >

この作品をシェア

pagetop