捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「ああ。そういうのは別に気にしなくていいから」

 佐渡谷さんはあっさりと遠慮する。

 確かになにができるかはわからないけど、そうかといって『そうですか』って受け入れるのも……。

「私たちになにができるかな……」

 敦子にぼそっと言うと、彼女はニッと笑みを浮かべた。

「あるじゃない。仕事にもしていて、私たちの唯一の特技が」
「特技って」
「佐渡谷さん。好きなものと嫌いな食べものを教えていただけますか? 私たち料理教室の講師なんです。よければ、お礼になにか作ってお渡ししたいんですけど」

 敦子が先走って提案してしまい、私は黙った。

 そんな学生みたいなノリのお礼ってありなのかな。ほぼ他人みたいな相手から、手作りの物をもらっても困るんじゃ……。

 おろおろと佐渡谷さんの反応を窺う。
 すると、ふいに彼が私を見て言った。

「それならお言葉に甘えて焼き菓子をお願いしようか。最近残業続きだから、部下と一緒に食べれたらいいかも」

 なぜか佐渡谷さんは、私のほうに視線をまっすぐ向けたまま。そのせいで、私は妙にどきどきしてる。

「任せてください! 多めに作ります。ね、真希!」
「えっ。あ、うん」

 私の小さな脈拍の変化をかき消すくらい敦子は生き生きと返事をし、さらに詳細を詰めていく。

「いつお届けしましょうか? 私たちは明日でも構いませんし」
「明日でいいなら、ちょうど午後にこの辺りに用事があるから、そのときでどうだろう?」
「わかりました! ええと、正確な時間と場所は……」

 敦子が視線を彷徨わせて考えている間も、彼はじっと私を見つめてくる。
 なんだか目も逸らせずに困惑していると、佐渡谷さんは唇をゆっくり開いた。

「二時に宇川さんの職場のそばにあるカフェで」

 ふいうちで自分の名前を呼ばれて驚いた。

 さっき自分から名乗ったのだから、知っていても不思議じゃない。だけど、急に呼ばれたというのと、彼の声で発音されるのがやけに耳に残ってどぎまぎする。

「は、はい……」

 私がなんとか言葉を返すと、彼は「それじゃあ、また」とさわやかな笑顔を残して去っていった。
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