捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 仕事が終われば、まっすぐ家に帰る。
 外に出るとヒヤッとした空気に包まれ、一度身震いして駆け足で車に乗り込み、約十分走り続ける。
 自宅に到着し、玄関を開けた。

「ただいま」
「おかえり~。ほら、ママが帰ってきたわよ」

 玄関で出迎えてくれたのは、私の母と――生後七か月の息子。

「ただいま、理玖(りく)

 私の顔を見るなり、小さな両手を懸命に伸ばしてくる姿が愛おしい。私は靴を脱ぐのとほぼ同時に理玖を両腕で包み込む。

「今日もママが作ったご飯、全部食べたよね~、理玖くん」
「そうなの? すごくうれしい。また作っておくからね。理玖、ママ明日はお休みだから一緒に散歩に行こう」

 ちょっと高い体温とふっくらした身体、柔らかな頬に触れれば、胸の中はたちまち幸福に満ちていく。

 大切なひとり息子の理玖と、私と理玖を支えてくれる父母と四人で暮らす日々はとても穏やか――。
 しかし、私には心の奥底にひとつ、堅くカギをかけた記憶がある。

 それを決して振り返らないように、思い出して引きずられないように。
 私はこれからも、静かに慎ましく過ごしていくと一年前のあの日に決めた。

「まんまんま~」

 理玖の声にハッとして、笑顔を返す。

「ごめんごめん。じゃあお風呂入ろっか」

 最近、日に日に言葉も表情も豊かになっていく可愛い理玖。
 でもどうしても、理玖を見るたび、胸の中にしこりのように残っているわだかまりが刺激される。

 こんなことで揺らいではいけない。だって、この先理玖を守るのは私なんだから。

 今日まで続いているこの不安定な感情を、一刻も早く払しょくしなくちゃ――。
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