捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 数十分後。私たちはラーメン屋を出た。
 私は財布を握り締め、一歩先を行く佐渡谷さんの背中を呼び止める。

「あの。この間もその前もごちそうになったし、やっぱりダメです。代金払います」

 千円札を出しかけたときに、佐渡谷さんが立ち止まった。

「それは二回とも俺の都合に合わせてもらったから。今日は俺が無理言って一緒させてもらったうえ、待たせてしまったからいいんだよ」

 佐渡谷さんは優しい声色で言うものの、私の希望は聞き入れてくれない雰囲気だ。

 私はこれまで、佐渡谷さんのように大人な対応をする男性とかかわったこともない。こんなとき、女性側はどうすべきかわからない。

 お金を握り締めて困っていると、佐渡谷さんがニコッと笑った。

「じゃあよければ、その代わりにちょっとドライブに付き合ってよ。あまり遅くならないようにするから」

 結局、私はあきらめて行き場のないお金をしまった。そして、ぽつりと「わかりました」と答え、彼の車に乗り込んだ。
 佐渡谷さんは私がシートベルトを締めたのを確認し、ゆっくりと発進させる。

 この高級車にまた乗るとは思ってもみなかった。

 私は窓を流れていく景色を目に映し、少しの緊張感を抱いていた。

 数分間、お互いになにも話さず、エンジンの音だけが耳に届く。
 さっき真っ赤だった夕陽はすっかりなくなってしまったな、などと耽っていると、車が赤信号で止まった。

「昨日、俺なにか気に障ることでもしたかな」
「え……」
「なんか途中からそんな感じがして。俺が気づかないうちに傷つけたなら、今日謝りたかったんだ」

 佐渡谷さんが急に会いに来たわけを知り、愕然とする。

 傷ついた……と言えば事実だけど、佐渡谷さんは故意に私を傷つけたわけじゃない。だって、勝手に私が浮かれていただけだから。

「いえ。なにも。逆になにか気にさせてしまったようで……ごめんなさい」

 ああ。最低だ、私。
 佐渡谷さんは一度だって、私に気があるとはっきり口にしたわけでもないのに、ひとりで盛り上がってショックを受けて。挙句、それを悟られて気にさせているなんて。

 膝の上で両手をぎゅっと握る。
< 48 / 144 >

この作品をシェア

pagetop