捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「きゅ、急すぎます……」
「ごめん。でも本気だから」

 彼は一歩も引かない雰囲気で即座にそう言った。

「よく……理解できません。知り合って間もないし、私は別に目立つ容姿でも特別なものなんてないから」

 動転して自分の気持ちや答えまでなんか、到底考える余裕はなかった。
 ただただびっくりして、まだどこかで疑っている自分もいる。

 声だけでなく指先も小さく震えていた。

 佐渡谷さんは「ふっ」と目を柔らかく細め、私の両手を膝の上で重ねさせ、優しく握る。

「別にそこは今無理して理解しなくてもいい。俺だけがきみの魅力を知っていれば、それで」

 熱い眼差しと甘い言葉に、心が溶けてしまいそう。

「そのうちひとつずつ教えていくよ。ゆっくり時間をかけて」

 彼の話し方や声質は、まるで私を催眠術にかけるみたいだ。
 静かで仄暗い空間の中、近距離でささやかれたら理性がなくなるんじゃないかって思っちゃう。

 佐渡谷さんしか見えなくなって、うっかり考えもなしに首を縦に頷きそうな雰囲気だった。

 しかし、私ははっと我に返り、彼の視線から逃れた。

「少し……時間を……ください」

 ぼそぼそと猶予を求めると、佐渡谷さんは私からそっと手を離す。

「わかった」

 相手が大企業の後継者なだけに、自分の判断は正しいのか不安になり、気が引ける。

 なんの取柄もない分際で返事を待たせるなんて、生意気だっただろうか。
 いやでも、この件は簡単に決められるものじゃないし……。

 大体、佐渡谷さんのほうから、彼の事情を知ったうえで考えてほしいっていうような話をしてくれた。だから……少しくらい時間をもらってもいいよね?

 そろりと目線を上げて彼を窺えば、彼は私と目が合った途端、破顔した。

「でもよかった。即答で断られなかったなら、望みはあるってことだ」

 今日まで、何度も彼が笑った顔は見てきた。だけど、そんなふうに屈託ない笑顔は初めてで、私はどうしようもなく胸が高鳴った。

「ぜひ前向きに検討して」

 頭にぽん、と佐渡谷さんの手の重みを感じるだけで、全身が沸騰しそうなくらい熱かった。

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