捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 夜になると、静寂な車内での出来事を反芻し、まったく眠りに就けずに何度も寝返りをした。

 その日以降、仕事の日も空いた時間にはぼんやりと過ごしていた。

 そんな時間を重ねて、今日三度目の朝を迎える。

 繰り返し考えてわかった。

 それは、やっぱり佐渡谷さんは気になる存在だってこと。

 同時に、きちんと彼の背景についても考えた。

 すでに役職についていて、さらに将来はトップを任される人。
 普通にその部分だけを切り取れば気後れするし、あまりに世界が違うから距離を置いたほうがいいだろうなって結論に行きつく。

 ……なのに。

「参ったな……」

 出社の準備をしながら、ふいに口からついて出た。

 昨日から何度も同じ思考を巡らせ、僅かに勝った感情は彼への好意。

 私、やっぱり佐渡谷さんのこと好きになっていってる。

 ぴたりと動きを止め、意を決してバッグからスマホを取り出した。
 緊張しながら佐渡谷さんの電話番号を画面に表示させる。ジッと画面を見つめた。

 あの夜から、佐渡谷さんからの連絡はない。

 たぶん、私が落ち着いて考えられるようにあえて連絡を控えてくれているのだと思う反面、もしかしたら気が変わったのかもしれないなんてマイナス思考にも捕われた。

 きっと今、ものすごい強張った顔つきになってるに違いない。
 だって、これからしようとしている行動は、めちゃくちゃ勇気がいる。勢いつけていかなきゃ、検討期間が長引いて落ち着かなくなるだけだもの。

 深く深呼吸をしたのち、私は佐渡谷さんに発信する。
 コールが聞こえてくる間、かけ時計を見た。

 平日だけど朝八時半なら……セーフだよね?

 ドッドッと心臓が早鐘を打つ中、四コール目に差しかかろうとしたときに音が消えた。
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