捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
『はい。宇川さん? どうしたの?』

 いざ電話が繋がると、緊張がピークに達してスムーズに第一声が出て来ない。

 しっかりしろ!と自分を鼓舞し、いつもよりも大きな口を開いた。

「いっ、今、少しお時間大丈夫ですか!」
『ん? うん。十分くらいは平気』

 佐渡谷さんは相変わらず柔和な口調で返してくれる。
 そのおかげで徐々に気持ちが安定していく。

「あの。本当は直接お会いしたときに伝えるべきなんでしょうけど、決意が揺らぐかもしれなかったので」
『え?』

 恋愛自体久々で、まったく心に余裕が持てない。こんなんじゃ、時間を置いたら逃げ腰になりそうだったから。

 だけどせめて、メッセージではなくて声で届けたい。

「昨日のお話、どうぞよろしくお願いいたします……!」

 私は部屋の真ん中で、深々と頭を下げる。その体勢のまま、佐渡谷さんの返答を待つものの、一向になにも返ってこない。

 いささか不安になり、そろりと姿勢を戻し、小さく呼びかける。

「さ、佐渡谷さ……」
『狡いな』

 すると、私の言葉をかき消すように、彼はぽつりと言った。
 私がきょとんとしていたら、さらに佐渡谷さんは早口で続ける。

『完全なふいうちだ。俺はこのあとの会議にどんな顔して行けばいいんだよ』

 電話の声からちょっと照れている様子が窺えて、私は徐々に頬が緩んでいく。

 近い将来、彼の仕事の事情に私たちは翻弄され、関係が揺らぐかもしれない。それでも、私は今、芽生えている自分の気持ちを優先してみようと思った。

 誰もわからない未来を理由に背を向けるより、次に彼に会える日が楽しみで待ち遠しくなっている自分を想像し、実現させようと決めた。

『もう俺たちは出逢ったんだから同じ世界にいる』と言った、彼の言葉を信じて。

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