捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 高層階ビル自体あまり体験したことがなかったから、眼下に広がる夜景に驚いた。

 だけど、正直それよりも驚いたのは整然としたリビング。
 キッチンは普段、使用する機会も少ないのなら綺麗なのは納得できるけど、リビングまでもが整っている。

 男の人でも部屋を片付けられるんだ。
 とはいえ、ここまで整頓されているのはきっと珍しいはず。
 確かにこれなら急な来客に戸惑う必要もないよね。

 胸の内でひそかに感嘆の声を漏らす。

 あ、それとも逆に、頻繁に人を招き入れる生活スタイルなんだろうか。スリッパもスムーズに出してくれたし……。

 ついひとりの世界に没入していたら、背後からぽんと肩を叩かれる。

「なにか考えてる?」

 はっとして振り返り、狼狽した私はついさっきまでの思考の続きを口にした。

「その……慣れてるなあ、と」

 ぼそっと返した言葉に、佐渡谷さんは目を丸くした。
 私は瞬時に冷静になり、懸命に取り繕おうと必死に言いわけを探す。

「いや! ほら、急に家に招くってなると、大抵みんな動揺するじゃないですか。私だったら部屋汚かったかもってあたふたしたりして」

 しどろもどりになるにつれ、余計にドツボにハマっている気がする。
 そろりと彼を窺えば、やけににっこりと笑って言われた。

「なるほど。で、本当にそれだけ?」
「えっ……」
「もしかして、『慣れてる』って女性を誘ったことに対してかなと思ったんだけど」

 思い切り見透かされてる……。そしてそれを、怒るわけじゃなく笑顔で問われているのが逆に怖い。

 いや、疑いたかったんじゃなくて、単純にどうなのかな、って考えたら行きついただけであって。

 佐渡谷さんに対して信用を持てていないって話ではない。
 そうかといって、絶対的な信頼を寄せるにはまだ知らない部分が多すぎる。

 それゆえ、うまく返事をできない私は、気まずい思いで視線を泳がせた。すると、佐渡谷さんが急にこらえきれない様子で吹き出した。

 私は突然なにが起きたのかとびっくりして固まる。

「ははっ。まあそう捉えられても仕方ないか。だけど、宇川さんの態度はなにを考えてるか丸わかりだな。面白い」

 お腹を抱えて笑い転げる佐渡谷さんは初めてで、いつもよりも取っつきやすい雰囲気がした。だから私はぽそっと反論してみた。

「そこは面白がるところじゃないですよ……」

 じとっとした目を向けると、彼は楽し気に眉尻を下げてまた笑い出す。

「ああ、ごめん。きみは不服かもしれないけど、そういうところがまた可愛くて。駆け引きは仕事だけで十分だから」

 駆け引き……。そんなの私には到底無理なやつだ。
『単純』だと言われているようなもの。

 しかし、駆け引きできるっていうのもあまりいい印象持たれない気がして、私は時間差で納得する。
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