捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「えーと、買ってきたものは……」

 話を変えてリビング内を見回しかけたとき、後ろから両肩を引き寄せられた。

「自分の家に女性を呼んだのは初めて。信じる信じないは任せるよ」

 耳の上で囁かれるウイスパーボイスに、私は堪らず直立不動状態だ。
 彼は動けない私の旋毛にさりげなく唇を落とす。

 そしてそっと距離を取った直後、ぼそっと続けた。

「実のところ、かなり舞い上がってる。さっきの車で、断られたらどうしようかとハラハラしてた」

 胸の奥って、こんなに締め付けられるの?

 体験したことない感覚に気持ちが落ち着かない。
 私は必死で自分を立て直そうと、会話の転換を試みる。

「ごっ、ご飯の支度しますね!」

 あきらかに避けた感じになってしまった。しかし、あれ以上は無理。
 あのままだったら、心臓が持たない。

 私は無理やり明るく続けた。

「佐渡谷さんはいつも通り過ごして待っていてください。お仕事あればしていて構いませんし」

 私は職場から持ち帰ってきたエプロンを出して見につける。「失礼します」と断ってキッチンに足を向けたときに、彼が言った。

「うーん。いや、俺も手伝う」
「ええっ」

 思いも寄らない反応に、素っ頓狂な声を出してしまった。

「あ、今、俺に手伝いなんてできないだろって思っただろ」

 佐渡谷さんはわざとらしく私を見て目を細める。

「いえいえ! そうではなくて。今までそんなふうに言ってもらえるなんてなかったか……ら……」

 失言したと気づいてももう遅い。
 いくら焦っていたとはいえ、元カレを思い起こさせるような言い方をした。

 私が視線を合わせずに口を噤むと、佐渡谷さんは私の前にやってきて顔を覗き込んだ。

「ふうん。じゃあ、宇川さんも俺が初めてだ」
「はい……?」
「仕事と友達以外で、こうして並んで料理作る男は俺が最初?」
「そ……そうですね」

 あまりに顔が近すぎて、咄嗟に目を逸らしてしまった。

 重ね重ね失礼な言動を取っていると反省するも、彼はまったく気にしていない様子で私に微笑みかける。

 夢でも見ているみたい。
 佐渡谷さんみたいな素敵な男性と、こうしてふたりで楽しく……ちょっぴり刺激的な夜を過ごしているなんて。

 どこか夢心地で、彼と並んで料理をする。
 今夜は鮭の胡麻みそ焼き、豆腐のそぼろ煮、半熟卵を添えたサラダ。それと鶏ささみともやしときゅうりの和え物、野菜たくさんの味噌汁だ。

 ちょっと張り切りすぎかもと頭を過ったけど、煮物や和え物は明日もつまみ程度にはなると思って。
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