捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 夕食を終え、一緒に片付けを終えた後、バスルームを借りた。

 まさか今日、こんな展開になるとはちっとも考えてなかっただけに、時間が経つにつれ余計に緊張が高まる。

 どこもかしこも広い佐渡谷さんの家は、脱衣所も例外ではない。

 四畳はありそうな悠々とした空間にもかかわらず、私は隅のほうでさっと着替えた。
 もう一度、髪をタオルドライしていて、ふと鏡の中の自分と目が合った。

 ちょうどTシャツとショートパンツのセットがあったから決めちゃったけど……露出が多くないだろうか。いや、悩んだところで今さらだ……。

 一回意識しちゃうと、必要以上に気になってしまう。しかしながら、ずっとここにいるわけにはいかないので、そろりとリビングに足を向けた。

「あ、宇川さん。ワインでも一緒に飲まない?」

 お風呂をいただいたお礼を伝える前に先に話しかけられた私は、あたふたと答える。

「は、はい。ありがとうございます。あの、お風呂も!」
「どういたしまして。ドライヤー貸そうか。髪が長いから乾かないだろ」
「なにからなにまですみません」
「待ってて。持ってくるよ」

 佐渡谷さんは持っていたワイングラスをローテーブルに置き、リビングを出て行った。
 すぐにドライヤーを持って戻ってくると、コンセントを差してソファに腰を下ろして言った。

「俺がやってもいい?」
「えっ。悪いですから自分で……」
「ほら、こっち座って。じっとして」

 彼は半ば強引に私の手首を掴み、引き寄せた。私はおずおずと佐渡谷さんの前に正座する。

「なんで正座? もっとリラックスしてよ」
「や! そういうわけには……」

 佐渡谷さんがけらけらと笑いながら私の髪に触れる手が心地いい。

 無意識に瞼を閉じて温風と指先の動きを感じ、ついにはうとうとし始める。
 約五分、丁寧に乾かし終えてくれたときには、身体中の力は抜け落ちていた。

「乾いたな。じゃあ、飲み直そうか」

 佐渡谷さんがキッチンへ立ったあとも、数秒間ぼーっとしていた。でも、慌てて意識をはっきりさせて、今一度姿勢を正した。

「どうぞ」

 コルクを抜いて、グラスに注いでくれる様は自然だった。
 食器はなくてもワイングラスがあるくらいだし、きっと家でもワインを飲む習慣があるんだ。

 佐渡谷さんのことをひとつ知れた気がして、こっそり喜ぶ。

 私は受け取ったグラスを口元に近づけた。
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