捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました

　肩に到着した直後、口を塞がれた。

　キスを繰り返され、たちまち乾いていた唇は潤いを取り戻す。
　息苦しささえ、恍惚と受け入れていたそのとき。

「拓馬って呼んで」

　僅かに眉を寄せて、佐渡谷さんが懇願した。
　ちょっと険しい顔つきがまたセクシーで、もはや私はなにに対してもときめくようになってしまったらしい。

「拓馬、さん」

　たかが名前とはいえ、こういうシチュエーションで改まって口にするのは結構勇気がいる。
　ぽつりとつぶやいた声が小さすぎたのか、彼は私を見据えたままなにも語らない。

「……拓馬さん？」

　もう一度、控えめに、けれどさっきよりははっきりと彼の名前を呼ぶ。
　すると、今度はふいっと顔を逸らされた。

　どうしたんだろう……。名前を間違っているわけでもないし、なにかおかしなことを言ったかな。

　心配になって彼の挙動のひとつひとつを見逃すまいと思っていたら、流し目を向けられた。

「悪い。想像以上にうれしいもんだなって実感してた」

　料理も恋も一緒だ。
　誰かに喜んでもらえたら、同等以上に自分も満たされる。

「拓馬さん、好きです」

　だから、照れてばかりじゃなくて、ときにはきちんと気持ちを伝えよう。

「――俺もだよ、真希」

　それが幸せに繋がるはずだから。


　　　＊　＊　＊

　この時の私は、そう無条件で信じていた。
　この後、すぐに奈落の底へ落ちていくとは欠片も思い描かなかったのだ。