捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 一日、無事に仕事を終えた。

 敦子と別れ、駅へ向かう道すがら、二度目のスマホチェックをした。
 さっきロッカールームでも確認したのに、最近はどうもクセになってしまったみたいだ。

 そして、なにも変わらない画面に軽くため息を落とす。

 いつの間にか、自分で思う以上に拓馬さんを好きになってしまったらしい。

 確かに、出会った当初から素敵だったから、惹かれるのが自然だ。
 ただ、こんなに短期間でここまで……と自分で自分に驚く。

 知らないうちに重い女にならないため、メッセージを送る際も彼の負担になる内容になってはいないかと慎重になっているくらい。

 スマホをバッグに入れ、顔を上げた瞬間、スーツ姿の男性と目が合った。

「宇川真希さんでいらっしゃいますね」

 突然見知らぬ相手にフルネームを口にされ、硬直する。『はい』と返すのも怖くて、ジッと相手の動きを窺った。

 きっちりとスーツを着て、凛とした表情の男性は、大体四十歳くらいだろうか。眼鏡の奥の瞳は、怜悧なものでシルバーフレームが一層冷たさを感じさせる。

「驚かせてしまって申し訳ございません。わたくし、七井グループに勤めております秘書の佐野(さの)です」
「七井……!」

 じゃあ、拓馬さんの秘書なの……?
 男性の正体が明らかになっても、私には声をかけられた理由がわからない。

「私になにか……御用でしょうか?」

 そう問いかけながら、嫌な予感が湧いてくる。佐野さんの表情もひとつの原因。

 彼はさっきからまったく友好的な言動ではない。
 なんなら逆に、うっすら眉間に皺を作り、業務の一環かのごとく淡々とした口調で話をしているから。

 すると、私の予感が的中する。

「単刀直入に申し上げます。拓馬さんとの関係を清算してください」
「は……?」
「おふたりは恋人関係になって間もないですね。まだそこまで親密にもなっていませんでしょうし、さほど情も持たれていないでしょう。難しい話ではないはず」

 悪気もなく他人の事情をつらつらと口にされ、呆気に取られる。

 私は自分のプライバシーを暴かれたという思いより、拓馬さんに同情した。
 人の上に立ち、会社を経営する立場になるからって、彼の私生活にまで介入されるのかとつい憤慨する。

「そういったものに期間は関係ないかと思いますが」

 初対面の人に不躾な頼みをされ、動揺よりも反抗心が勝った。

 私は絶対に屈しない。
 本人から言われたならまだしも、部外者になんて自分の考えすら伝えたくないほどだ。
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