捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 翌日は休みだった。
 私にとっては都合がよかった。
 寝不足で仕事なんてまともに出来なかったと断言できる。

 枕元のスマホを細めた目で見て時間を確認する。六時半だ。
 どうやら眠れなかったわりに、いつもとほぼ同じ時刻に目覚めたらしい。

 もう一度目を閉じたところで、どうせ寝られない。それならいっそ起きてしまおう。

 寝ぐせの髪をかき上げて、ロフトから降りる。少しでもさっぱりしたくて、シャワーを浴びた。

 着替え終えてタオルで髪を拭いていたら、スマホが鳴り出す。私はビクッと肩を竦め、硬直した。

 え? こんな朝から……職場かな? 欠勤のスタッフでも出たかな。

 慌ててスマホの元に行き、画面を見て一瞬思考が止まった。

「拓馬さん……」

 一週間、物わかりのいい恋人を演じてきた。

 彼のすべてを知ったうえで受け入れたのだから、仕事の邪魔をするのは避けて電話はおろか、メッセージも極力送らなかった。

 内容だって、決して答えを催促するような文はいれないよう気をつけた。

 しかし、昨夜はどうしてもひとりで抱えきれなくてわがままを言った。
 今、改めて思い返し、自分の意思の脆さを痛感する。

 これじゃあダメなのに。
 理想の行動と現実の感情がかけ離れてしまっている。

 私は久方ぶりに着信画面に表示された彼の名前を無視する強さも持てなくて、応答ボタンに触れた。

『真希?』

 瞬間、ついさっきまでの鬱々とした気持ちを忘れ去る。そして、空虚な心はたちまち満たされ、危うく涙がこぼれそうになった。

『もしもし?』
「……はい」
『朝早くからごめん。でもなんか……声が聞きたくなって』

 やさしい声に自然と瞼を閉じる。

 すでに彼の温もりを知ってしまったからこそ、声を聞いただけで切ない思いが溢れ、会いたくなる。

「ふふ……光栄です」

 穏やかでゆっくりとした時を噛みしめ、答えた刹那。

『俺も会いたい』

 思いも寄らない拓馬さんの気持ちを聞き、目を開けた。

『会って一緒に美味しいもの食べに行って、真希のうれしそうな顔が見たい』

 彼の低めの声は、まるで心が落ち着くクラッシックでも聞いているようで、刺々しかった心が丸くなる。
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