捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 週末が過ぎ、月曜を迎えた。

 今日は、早番の私が拓馬さんのオフィス付近まで行く約束だ。

 六時半に仕事を終えて駅に向かい、港区へやってきた。
 おしゃれなオフィス街をきょろきょろとして歩く。

 七井グループの社名はいろいろと見聞きするものの、実際にオフィスを訪れるのは初めてだ。

「ここだ」

 天にそびえ立つビルは、私の職場のビルと比べて大違い。高さは三倍近いし、広さもどこかのホテルみたい。

 とりあえず場所はわかったし、約束の時間よりまだちょっと早いから近くで時間を潰していようかな。
 コーヒーでも飲みながら……今日、どうやってこの間の出来事を説明しようかもう一回きちんと考えておこう。

 くるっと踵を返し、スマホで近くのカフェを検索しかけたときに、視界の隅に入ったひとりの女性に意識がいった。

 初めは和装なんて珍しいな、って気持ちで目を向けただけだったが、よくよく見ると女性の顔に見覚えがある。

 左右田さん?

 着物姿で髪もまとめているからすぐにわからなかったけれど、左右田さんに違いない。

 なにか家のイベントで着物を着ているのかな。それとも老舗の和菓子屋で育つと、普段は和装が多かったり?

 偶然知り合いを見つけ、無意識に彼女を目で追っていた。向こうは私に気づいていない。

 数メートルの微妙な距離のせいもあり、なんとなく声をかけるタイミングを失ってただ左右田さんを瞳に映す。
 彼女がスマホを取り出し、耳に当てる姿を見て我に返った。

 挨拶をするならまだしも、ただ見てるだけなんて行儀が悪い。電話してるみたいだし、私も移動しよう。

 左右田さんから、ふいっと顔を背け、カラタネオガタマの垣根沿いに歩き出そうとしたときだった。

「もしもし。拓馬さんでいらっしゃいますか? 突然申し訳ございません。静香(しずか)です」

 彼女の口から出た名前に仰天する。
 思わず足を止め、左右田さんを振り返った。
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