捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「いいんです。拓馬さんは素敵な男性ですもの。そういった過去があっても、私は拓馬さんが……」
「いや。そういうことはなかったから」

 突如、拓馬さんが左右田さんの話を遮った。

 彼女の言葉の続きを聞きたくなかったから助かった。しかし、次は拓馬さんの言葉に引っかかりを覚えて身動きできない。

「そうなんですか? てっきりお付き合いされてきた方が手料理を振る舞うこともあったのでは……と」

 つい出来心でふたりの話を聞いてしまったのを後悔し始める。

 本当は、今からでもこの場を立ち去りたい。
 だけど、もう足が動かない。

「父のもとで本格的に勤め始めてからは仕事を覚えるのに必死で、もうずっと特別な相手はいませんでしたから」

 雷に打たれたような大きな衝撃を受けた。指先が震える。

 私、どこかで自惚れていた。彼が私を必要としていてくれているって。
 求められている限り、どんな試練だって乗り越えられる気がしていたんだ。

 一気に恥ずかしさがこみ上げ、消えてしまいたくなる。

 私は居たたまれなくなって、ようやく貼り付いていた足を動かす。前だけを見て、決して振り返らずに必死で駆ける。

 ふたりの姿や声が遠くなるまで。

 来た道を戻り、駅の看板が目に入る。私はおもむろにスマホを手に取り、今日は中止にしたい旨、メッセージを送った。

 どうせ、このメッセージも見るまでにまだ時間がかかるだろう。それまでに、少し気持ちを落ち着けておけば……。

 そうしてスマホをバッグに入れようとした矢先だった。手の中のスマホが振動している。
 相手はもちろん拓馬さんだ。

 一瞬躊躇ったけど、問題を後回しにすると余計に気が重くなるはず。

 私は勢いで着信に応答した。
 すると、私の声を待たずして拓馬さんの慌てた声が耳に響く。

『真希? メッセージ見たけど、なんかあった? 体調でも悪い?』

 心配そうな声を聞いても、今の私は素直に受け止めきれない。

 どこか彼の気持ちを疑ってしまう。
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