捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「体調が……悪いわけじゃ……」

 それでも嘘をつくのは憚られて、たどたどしく答えた。

『真希、今どこにいる?』

 拓馬さんに尋ねられ、すんなりと返事が出て来ない。

 なぜなら、会いたい気持ちと顔を見るのが怖い思いとでせめぎ合っているからだ。

 無言になって立ち尽くしている間、近くの道路を消防車が音を上げながら通り過ぎていく。
 私は音の鳴るほうへ目もくれず、アスファルトだけを見ていた。

『もしかして、すぐ近くにいるんじゃないか? サイレンの音が重なってる』

 拓馬さんの指摘にギクッとして顔を上げる。
 無意識にオフィスの方向を振り返り、彼の姿を探していた。

『真希』

 拓馬さんに名前を呼ばれ、心が揺れる。

「……駅の手前です」
『駅? 待ってて。今そっちに急いで向かう』

 気づけばぽつりと返していた。拓馬さんは通話をそのままにしながら、小走りしてこっちに向かってきているみたい。電話越しにちょっと乱れた息が聞こえてくる。

『いた』

 思った以上にすぐ見つけられ、どぎまぎするも、内心では彼が人混みの中から自分を見つけてくれたうれしさが溢れる。

 拓馬さんは通話を切って、私のもとへ駆け寄ってきた。

「駅に入る前に間に合ってよかった! いったいどうし……た」

 私は拓馬さんが話している最中、人目も気にせずその場で抱きついた。

 冷静さを取り戻したときには、考えられない大胆な行動を取ったと後悔すると思う。
 そんなことすら考えられないくらい参っていた。

 拓馬さんの顔を見た途端、泣き出しそうな自分を見られたくなかったというのもある。

「真希……? とりあえず一旦オフィスへ戻ろう。真希は先に車に乗ってて。すぐに支度して戻るから」

 彼は人前で目立つ行動を取った私を咎めもせず、やさしく宥めてくれる。
 それに比べ、取り乱したせいとはいえ、浅はかな自分に恥ずかしさが募った。

 拓馬さんの居心地のいい腕に支えられ、私はおとなしく駐車場に向かう。
 言われた通り、車の中で彼の戻りを待っていた。

 少しでも時間が経てば動揺を落ち着けられるかもと思っていたが、結局彼が戻ってきても心を立て直すことはできないままだった。
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