捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 その後、拓馬さんは『どこかへ食事に行こうか?』と気を遣ってくれたけれど、私がそれを断って、すぐにマンションへ行きたいと言った。

 彼の部屋に着いてもなお、私の気持ちは整理がつかず、ここまでまともな会話もしていない。

 リビングでネクタイを緩める拓馬さんを見つめる。

 こうして自宅へ招き入れてくれるのに、存在を隠される私の立ち位置って、拓馬さんの中でいったいどういうものなの?

「本当にまっすぐ帰ってきたけど、夕食はデリバリーにしよう、か」

 振り向きざまに言われた言葉を遮って、私はしなやかな筋肉の背中に抱きついた。

「真希……? やっぱりなにかあったんじゃ……」

 当然、これまでとは違う行動を取る私に拓馬さんは疑問を抱いている。

 この抱えている感情を、本人へ言わなきゃいけないって頭ではわかってる。
 だけど、自分でもぐちゃぐちゃな気持ちをうまく伝える手段が考えられない。

 だからなのか、本能がなによりもまず彼の熱を求めていて……。

「好き」

 誰になにを聞かされても、結局、想いは変わらない。

 ぎゅっと目を閉じ、彼の腰に手を回したままでいたら、右腕を掴まれた。
 拓馬さんはくるりと反転して、私の瞳を覗き込む。

「久しぶりに会ってすぐ押し倒すなんて紳士的じゃないって我慢しているのに、きみがそう煽ってきたらダメだろ」

 余裕な口ぶりに反して、拓馬さんの双眸の奥には熱情がたゆたう。

 私は彼の本心を曝け出させたくて、彼のワイシャツをきゅっと掴んで引いた。
 そしてなにも言わず、じっと彼と視線を交わらせるだけ。

「……悪い子だ」

 困った口調でつぶやいた直後、僅かに口の端が上がったのを薄っすらとした視界の中で見た。

 私が睫毛を伏せたのとほぼ同時に、唇が重なる。
 拓馬さんの大きな手が私の腰を引き寄せた瞬間、私の中でなにかが弾けた。

 受け身になるのではなく、自ら彼の首に両手を回し、熱い想いをキスにぶつける。

 拓馬さんのほうから距離を取られ、物足りない気持ちでいたら、耳の奥に囁かれた。

「そのまま掴まってて」

 次の瞬間、ふわっと抱き上げられる。
 私がしがみついてドキドキしている間に、ベッドに降ろされた。

 刹那、彼は再び私の唇を覆いながら、しゅるっとネクタイを引き抜いた。

 ひととき口づけが止んだ際に拓馬さんを見れば、獲物を狙う獣みたいな鋭い視線を注がれた。

 身体の奥から、ぞくっと甘く激しい感覚が湧き出てくる。
 その衝動に押され、私は上半身を起こして噛みつくようなキスをした。

「んっ」

 ふいうちにやられた彼の色っぽい声に、私の嗜虐心が擽られる。

 挑発的なキスを続け、彼の甘やかな吐息が聞こえるのを楽しんだ。

 自分の動きひとつで拓馬さんが反応してくれることが、今だけだとしてもうれしかった。

 この瞬間、苦しい感情は奥底に閉じ込めて、目の前の恍惚とした時間をなにも考えず感じたい。
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