捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 私が意識を取り戻したのは、遠くから微かに話し声が聞こえたからだった。

 眠っていた思考が徐々に動き出し、その声が拓馬さんのもので別室のほうからするとわかったときにはすっかり目覚めた。

 広いベッドでひとりきり。
 むくっと身体を起こして、ドアへ視線を向ける。

 スマホで時刻を確認すれば、午前六時半。とりあえず、出勤には十分間に合うと安堵して、ベッドから足を出した。

 こんな早朝から電話なんて、込み入った話だろう。
 それを盗み聞くのはあまり行儀のいいものじゃない。

 しかし、静かな部屋には拓馬さんの声がなんとなく届いてくる。はっきりと単語が聞こえなくとも彼の声色から、不穏な雰囲気は薄々感じ取れた。

 とりあえず服を着て支度を整え終えたちょうどそのとき、どうやら電話が終わったらしい。
 話し声がなくなったのを確認して、ベッドルームから出てリビングへ向かう。

「あの、おはようございます」

 そろりとドアから顔を覗かせ、声をかける。拓馬さんは少し驚いた様子でこちらを振り返った。

「ああ。おはよう。うるさかった? 悪い」
「いえ。これ以上寝ていたら出勤準備が間に合わなくなっちゃうところだったので。それにしても……随分と早い時間から電話したりするんですね」
「たまたまね。昨夜はメールに気づかず寝てしまったから」
「あ……ご、ごめんなさい」

 瞬時に昨夜の濃密な時間が思い出され、私は顔が熱くなる。

「真希が謝ることじゃないよ」

 拓馬さんはやさしく笑って言った。……が、なんだか様子がおかしい。

 だって目が合ったのって、さっきふいうちで私がリビングに来たときだけ。
 以降、私のほうをまっすぐ見ようとしていない気がする。

 私は小さな不安を抱え、拓馬さんの横顔を見る。
 彼はやはりこちらを見ぬまま、言い出しづらそうにぽつりと零した。

「ただ、ちょっと相談というか……」
「なんですか?」

 心臓がゆっくりと嫌な音を立てる。

 ここからすぐ逃げ出したい。きっと私の予感は当たる。

 昨日の幸福なときは続かない、と――。

「しばらく距離を置かせてほしい」
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