捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 水を打ったように静まり返った空間ではっきりと耳に届いた言葉は、決して意外なものではない。

 なのに、想像以上に衝撃が大きくてまだ処理しきれない。

「なぜ……?」

 ようやく絞り出したひとことは、無意味なもの。
『なぜ』かなんて、私も知っているくせに。

 けれど、腑に落ちないのは『別れよう』ではなく『距離を置こう』と言われたこと。
 距離を置いて、婚約者の事情を優先させたのち、私との関係を改めて考え直すって話?

「仕事が……立て込んでるんだ。それが落ち着けば、これまで通り」
「嘘。婚約者がいるからですよね?」

 都合のいい相手になってまで、この恋を貫き通す自信なんかない。

 私がストレートに質問をぶつけると、いつも冷静な拓馬さんが目を剥いていた。

「な……んで」
「やっぱり本当なんですね」

 驚愕する様に、佐野さんが言っていた内容はすべて事実なのだと確信する。

「別れではなくひとまず距離を置くほうを選んだのは、私に情が移ったから? それとも罪悪感? 急に突き放すのが可哀想とか思って、段階を踏めば多少ショックも軽減されるかもって?」
「そうじゃない! ただ無下にできない相手ではあるから、うまく話をまとめてからちゃんと真希と」
「ちゃんとって言うなら、私と深い関係になる前に整理しておくのが普通なんじゃないですか」

 絶対に感情的にならないって決めていたって、いざとなったら冷静でなんかいられなかった。カッとなって、頭に浮かんだ言葉がどんどん口から飛び出しちゃう。

 私が拓馬さんをひどく責め立てるのも、こんなにも悔しく悲しい気持ちになっているのも、予想以上に彼を好きになってしまったから。

 言いわけすらさせない勢いで捲し立てたせいか、拓馬さんは私から視線を逸らして言った。

「きみと出会ったあと、急に話を進められていて! まだ正式な婚約はしていないんだ。だからまだどうにでもなる。言い訳がましいのはわかっ……」
「私、拓馬さんが次期社長という立場なのは覚悟していたつもりです。だけど、婚約者がいる覚悟まではしていなかった!」

 これは私の許容範囲が狭いとなるんだろうか。
 一から十まで言われずとも、自分でそこまでの可能性を考えて備えておくべきだった?

 だとしたら、私には初めから無理だ。
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