捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 頭の中でぐるぐると考える。しかし、正解など導き出されるわけもなく、私はどんどん重く暗い思考に囚われていく。

 そのとき、拓馬さんが私の腕を掴んだ。

「事後報告になってしまったのは謝る。頼むから俺を信じて」

 懇願する彼を見て、ぐっと胸の奥を掴まれる感覚になる。

 彼を嫌いになってはいない。そうかといって、今この場で簡単に『信じる』って答えられるほど強くない。

 なによりも、昨日見聞きした事実が私の心を醜くさせ、蝕んでいく。

「私、聞いてしまったんです」
「聞いたって……なにを?」

 拓馬さんは手を離さぬまま、神妙な面持ちで尋ねてきた。私は一瞥したのち、顔を背けて抑揚もつけずに淡々と答える。

「婚約者に……左右田さんに、私の存在を隠しましたよね。『特別な相手はいない』って。私、嘘をつかれているよりも、自分をなかったように振る舞われたのが……耐えられない」

 最後は拓馬さんの目を見てはっきりと言い放った。
 拓馬さんは散瞳するほど私の発言に度肝を抜かれたらしく、固まってしまった。

 私は拓馬さんの手を振り払い、リビングに置いたままのバッグを拾い上げる。

「別れます。さよなら」

 去り際にそう言い残し、足早に玄関へ向かった。

「真希、待って!」

 靴に足を通し終えるや否や、今度は肩を掴まれた。
 振り向いた先には、綺麗な眉を寄せて縋るような瞳をしている彼がいた。

 一瞬、心がぐらついたが、私は肩に置かれた手を、そっと解く。
 
 そんな表情をするくらいなら、どうしてあのときはっきりと私の存在を左右田さんに話してくれなかったの。
 あなたは私にとって、その視線ひとつで決意を揺らがすほどの存在なのに。

 あなたの中で私はそこまでの存在ではないって知ってしまったら、この先そばにいても苦しいだけだ。

「この状況で距離を置く、なんて私には……無理」

 こみ上げてくる涙を必死に堪え、玄関を出た。エレベーターホールまで駆け出し、すぐに乗り込んだエレベーターの中で涙腺が決壊する。

「う……っ」

 人の気持ちも料理みたいに量って数字で見られたら、こんなふうに不安になって疑ったりしなくてもいいのに。

 だけど、数値で表してしまえば、自分との想いの差が明確になって、それはそれで苦しむんだろう。

 つまりは、互いに目に見えないものをどれだけ信じ抜けるか。

 どうやら私は自己中心的な人間で、自分の気持ちを処理するのが精いっぱい。

 これじゃあ、どのみち将来的に同じ結末が待っていた気がして、エレベーターの急降下とともに私の気持ちも奥底へと落ちていった。
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