捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「そう。夏の涼菓作りっていう企画だったから」

 店長は苦笑いを浮かべて言った。すると、発案した子が私を凝視する。

「ねえ。今月から左右田屋のお嬢さんが入会してるじゃない! お嬢さんからお父さんへもう一度話を通してもらうのは?」
「え……」
「彼女、宇川さんの講座をよく受けているわよね。まずは宇川さんからそれとなく話してみてもらえない? 家でなにか事情を聞いていないかとか、些細なことでもいいから!」

 彼女の熱意の矛先が私に向けられ、私はたじろぐ。

 左右田さんが拓馬さんの婚約者だと知った今、普通に生徒として接するのもできるかどうか不安なのに、そんな大事な役目……果たせる自信ない。

「で、でも」
「お願い! 正攻法がダメだったならもうこのチャンスに懸けるしか……!」

 周りのスタッフの目がある中で、必死に頭を下げられたら断れないよ。

「……話せそうな雰囲気であれば、でよければ。絶対って約束はでき」
「ありがとう! お願いします!」

 言葉尻を遮られ、手を固く握られた。
 内心とてつもなく憂鬱だけど、引き返せない。

 その後すぐに通常通り、業務の準備をそれぞれ始める。

「大丈夫? まあ、もしうまくいかなくても真希のせいじゃないからね」

 敦子がこっそりと私に耳打ちしてくれた。私は「うん」と頷いたももの、やっぱり責任を感じる。

 今日はいろいろと抱えることが重い日だ。うっかりすると、ため息ばかり零してしまう。
 しかし、無情にも時間は過ぎていき、左右田さんがやってきた。

「あ、こんにちは」

 確かに目が合ったと思ったのに、彼女は私の挨拶になんの反応も示さなかった。
 ちょっと引っかかったものの、私も昨日の今日で左右田さんとあまり話ができる心境ではなかったから距離を取った。

 しかし、いざ講習が始まれば私のグループなので否が応でも近くなる。

 さらによりによって、調理過程で二手に分かれる際、私と左右田さんがペアになってしまった。
 今日、私のグループは左右田さんを含め、三人しかいなかったから……。

「では、そちらはエビの下処理を。こちらはイカの皮を剥きますね」

 広い調理台でふたりの生徒は和気あいあいと作業を始めていた。
 私は気まずい思いを抱えて左右田さんの横に並ぶ。
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