捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「えーと、乾いたタオルを使えば結構簡単に皮剥きできるので」
「宇川先生の見本をお願いします」
「そ、そうですね。わかりました」

 ひと通り工程を話しながら実演したものの、彼女は手を出そうとしない。ちらっと彼女を見たら、小声で言われる。

「ごめんなさい。実は私海鮮類触るの苦手なので、やってもらってもいいですか?」
「え……あ、じゃあ」

 微妙な空気に感じているのは私だけのはず。

 私は下処理に集中するふりをして黙っていたが、それも耐えられなくなってきて、さっき事務所で頼まれた件に切り込もうと覚悟を決めた。

「あの、左右田さんってご実家暮らしでしたっけ」

 まずは家の話題に寄せていって……。
 すると、左右田さんは急な質問に驚いたのか長い睫毛を瞬かせ、儚げに笑った。

「そうですけど。母は仕事が忙しくて料理しないし、祖母は和食中心なうえ、最近足の調子が悪いみたいで。だからここへ来たんですよ」
「そうだったんですね」

 触れてはいけない部分だったのでは……と後悔していたそのとき。

「なんちゃって。今の本当に信じたの?」
「……え?」

 彼女の豹変ぶりに、瞬時には頭が動かない。

 これまで左右田さんは家格を重んじた、おしとやかな女性だった。それが、どういうわけか、印象とは百八十度異なる。言葉遣いだって違う。

 まるで別人に変貌した左右田さんは、同じグループの生徒に気づかれないように嘲笑う。

「わざわざ料理覚えるために通うなんて面倒なこと、するわけないじゃない。うちは各方面の著名人が来るの。本当に料理を習うなら、もっと腕のいい料理人を選ぶわ。こんな一般向けの教室じゃなく」

 私はいまだに衝撃的で言葉を出せなかった。
 左右田さんはそんな私を見て、ニッと口角を上げる。

「佐野さんから聞いて知ってるんでしょ? 私も知っていてここへ来たの」

 彼女の発言に目を剥いた。

 完全に騙されていた。今までの彼女が本質だって信じ切っていた。

 まさか、初めから目的は私だったなんて――。
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